【テンプレ付】これからの業務委託契約書の話をしよう
みなさんは業務委託契約書を見てクライアントに惚れたことはありますか?え、無いんですか?僕はあります。反対に「はいはいはい、おたくやっぱそう来ますよねー」とゲンナリしたこともあります。
一見無機質で何の個性もクリエイティビティも無いように思える、業務委託契約書。日頃様々な業務委託契約書を結ぶ中で強く感じるのは、「契約書ってこうも個性が出るものか」というくらい、そのあり方は千差万別だということです。業務委託契約書を見るとその会社の世界観が分かると言っても過言ではありません。とにかくむちゃくちゃ面白いのです。
そしてまた、業務委託契約書は、発注者にとっても、受注者にとっても、双方がよりよい関係を取り結ぶための一つのキーにもなると僕は考えていて、本稿ではその理想型についても考察してみたいと思います。
組織カルチャーは業務委託契約書に宿る
そもそも契約書とは、揉め事になった時のために(あるいはその抑止として)結ぶものです(*1)。中でも発注者にとっての業務委託契約書(*2)は、利害が対立したシビアな状況下で、なおかつ自分たちが比較的自由に選択肢を選べる時、実際どうしたいかを宣言するものになります。つまり業務委託契約書には、発注者側がエゴを通しやすい状況下で実際何を要求したいかが表現されていると言えます。
そしてその要求内容や書き方は、その会社の対人世界観に紐付いています。
例えば、「乙は隙あらば甲を騙したり出し抜いたりするはずだ」という猜疑心と性悪説的な世界観が強い会社であれば、禁止事項と罰則事項が増えます。他の条項でカバーされている禁止事項もわざわざ別の条項で「絶対やるなよ。やったらこういうペナルティを課すからな」というルールを定めたりします。その一方で「事前に書面で通告すれば甲は理由なく一方的に契約解除してもOK」など、かなり自社に有利な条項を設ける場合もあります。
スタートアップでは特にそうですが、業務委託契約書は経営陣の思想の表出物です。なのでそういった契約書を結びたがる会社というのは、経営陣が社員に対しても同様の振る舞いをするのが常です。つまり、先のような会社であれば、経営陣は社員のやる気を引き出そうとすることよりも、怠けたり会社の利益に反することをしないよう社員を規制することにエネルギーを割き、自分が模範となることよりも社員に要求することを真っ先に考える傾向があるということです。そういった世界観や振る舞いが、人事考課や表彰制度の設計、Value(行動指針)、社員への日頃の接し方にも表れ出ます。またそうした仕組み化と空気によって、経営陣からミドルマネジメント層へ、ミドルマネジメント層から若手へと世界観が再生産されていくことになります。
経営陣が優越的な立場にある時どう振る舞うかという点で、経営陣→社員の関係と、発注者→受注者の関係は相似形になっています。ここに、業務委託契約書からその会社の組織カルチャーを推測できる理由があります。
(*1)民法上は「申し込み」と「承諾」の「意思表示」が成された時点で契約は成立するのであって、契約書はあくまでその証書に過ぎないという考え方が採られています。広告業界など多くの業界で契約書無しでも取引ができるのは、そうした考え方に立脚しています。
(*2)「業務委託契約」という契約形態は実は民法で規定されておらず、一般に業務委託契約とされているものは「請負契約」か「委任/準委任契約」のいずれかです。本稿では、両者を特段区別せず単に「業務委託契約」としています。
マジで恋する押印前
さて、僕が今までで最も感激した業務委託契約書はというと、とある物流スタートアップさんの業務委託契約書です。
例えばこの条文。甲の資料提供に関する内容です。
甲は、乙の委託業務の実施に際し、合理的な範囲で最大限の協力をするものとし、 乙が委託業務の実施上必要とする場合には、甲が保有する資料等を乙に無償で提供するものとする。
「目的は乙をこき使うことではなく、あくまでいいものを作ることなんだから、そのために甲だって最大限協力すべきだよね」という発想が滲み出ています。「甲は委託業務遂行のために必要な資料等を、乙に貸与又は提供する『ことができる』」といった趣旨になるのが普通なところ、mustっぽく書いているあたりにいい人感が出てます。
また、同じ会社の業務の実施方法に関する部分はこうです。
甲と乙は、前項の規定が、一般的な作業指針の提示の範囲を超えて、乙の具体的な業務 の遂行方法等について甲の指揮命令権を認めるものでないことを確認する。
雇用契約や派遣契約と違って、業務委託(請負契約と委任/準委任契約)はそもそも法的に指揮命令権が発生しませんが、この会社はわざわざ書いています(だから「確認する」という表現になっている)。
「ちゃんと価値を発揮してくれればそのやり方は問わないし、プロに対していらん指図をして邪魔をすべきじゃないよね」というスタンス。ほんと最高です大好きです。
以下の損害賠償についての条文も見モノです。
甲及び乙は、本契約に基づく債務を履行しないことにより相手方に損害を与えた場合は、本契約の解除の有無にかかわらず、相手方に生じた通常の直接損害を賠償するもの とする。
主語が「甲及び乙は」なのです。「乙は甲に損害を与えうる存在であって、その逆は無いか、もしくはあっても知らん」という会社は、だいたい「甲が乙に損害賠償を請求できる」とだけ定めていたりします。
その他にも、ちょっとした言い回しであったり、条項の順番であったり、随所にこの会社のいい人っぷりが表れ出ています。
ウェットな契約書
こうして比較してみると分かるように、契約書は没個性なように見えて、その契約主体(主に甲)のスタンスによって三「社」三様です。そしてまた、ドライな文体の中にも、ウェットな部分を読み解くことができます。
そう考えると、業務委託契約書はいっそのこともっとウェットであっても良いのではないでしょうか。現状の商慣行でも既に「善良」や「誠実」という本来はかなりウェットな言葉が当たり前に使われていることを考えると、無理なことでは無いように思えます(厳密には、「善良」や「誠実」といった概念は判例などを通してその解釈の幅はある程度限定されていますが)。
もちろん、本来契約書は紛争の解決とその抑止が目的ですから、「何をもって」という解釈の振れ幅が大きすぎると、契約書の本来の機能が損なわれてしまうのでそこは配慮する必要はあるでしょう。そこで、基本的には解釈の幅が小さくなるように条文を設計しつつ、特定の条文ではウェットさを許容し、さらにその解釈の不一致が起きた場合には「誠実に」協議することを定めるという構造にしてはどうかというのが、本稿の提案の一つです。
フェアネス・イズ・キング
では具体的にどのような業務委託契約書が理想的でしょうか。先の比較を踏まえても僕が日々思うのは、徹底的にフェア(公正)な業務委託契約書こそが甲乙双方にとって理想的な契約書だということです。
「平等は公正さを推進させるために全員に対して同じものを与えることであり、公正さは人々を同じ機会へのアクセシビリティを確保すること」
出典:Equity and Equality Are Not Equal - The Education Trust
乙側の立場が弱い以上、どうしても乙を守る色が強くなりますが、目指すところは、甲と乙が対等な立場で報酬とサービスを交換し、双方が納得感のある果実を得ることです。フェアであることは、
・乙のヤル気を引き出しやすくなる
・それによって甲はプロジェクトの成功確率を高める
・甲と乙は「信頼で結ばれた戦友」という
お金では簡単に買えないものを手にすることができ、次へ繋がる
など、乙だけでなく甲にとってもメリットがあります。逆にアンフェアで高圧的な業務委託契約書が結ばれるケースでは、上記のような良い循環は生まれにくいと言えます。受注側も人ですから、作業が若干後回しになったり、考えることにどうも身が入らなかったりと、ムカつく客には程度の差こそあれ手を抜きたくなるのが9割くらいでしょう(残り1割は、「たとえ相手がムカつく客でもヘンなものを世に出すのはもっと我慢ならないorプロとしてやらない」というタイプ。ちなみに弊社はこのタイプです。もっかい言いますね、弊社はこのタイプです!)。
でもそうした手抜きは、明確には感じなかったり、感じても甲が証拠を掴むことは困難です。アンフェアで高圧的な業務委託契約だと、結局は甲に見えないツケが帰ってくるということです。
第1条を、フェアネスを誓う宣誓書に
そこで本稿がお勧めしたいのは、甲と乙がそれぞれのスタンスに誓いを立てる、宣誓書を第1条に置き、これを契約の成立の前提条件にするという形です。弊社では、具体的には以下の条文を設定しました。
第1条(契約の成立)
1 甲は乙に対し、次項に掲げる業務(以下「本件業務」という。)を委託し、乙は、甲乙共に以下に掲げる業務上のポリシーを遵守することを前提に、これを受託する。
(1)甲と乙は、提供価値と報酬を等価交換する、道義上対等な関係として互いに対する債務を履行する。
甲と乙が業務上のポリシーを守ることを前提に契約が成立するとした上で、まず一番最初に、甲と乙が対等であることを確認します。お金を払う側が上ではなく、「お金と提供価値を交換する」という解釈でもって、「対等」の根拠を示しました。なお、甲の立場が独禁法で言うところの「優越的地位」に該当する可能性を排除しないために、一応「道義上」という形容詞を付けました。
(1) の前提のもとに、プロジェクト成功のために甲乙両者が共通して守るべき姿勢を次に定めました。
(2)甲及び乙のすべての本件業務関与者は、常にオーナーシップを発揮し、個人的保身を排し、互いに傾聴し、発言に責任を持ち、本件業務の目的の達成に向けて尽力する。
「遠慮なくベストプランを提案してくれと言うからそうしたのに、結局『他の事業部の縄張りを侵すからできない』『面倒だからダメ』という理由で却下されてやりようが無い」「いい案かどうかよりも上が喜ぶ案かどうかで決められるから、うまく行かなかった時はマジでウチのせいにしないでほしい」といった乙側からよく聞く悲痛な声から、「オーナーシップを発揮し、個人的保身を排し」というフレーズを含めました。
また、「クライアントがトンチンカンな要望を言ってきて『それはうまく行かない』と説明しても全く聴く耳を持ってくれない」「業者さんがプロジェクトの趣旨を無視して自分たちが売りたいものを無理に売ろうとしたり、賞獲りレースに使えそうな案に寄せようとする」といった声をもとに、「互いに傾聴し」としました。
加えて、クライアントの要望がコロコロ変わるケースを防ぐため(あるいはそうなった場合に追加費用を請求できるように)、どの立場の担当者も「上が違うこと言ったんで」と言い訳せず、社を代表する者として責任を持って発言することも含めました。これは乙側も自社を盛らない、できないことはできないと言うということを意味します。
次は甲が乙に対してやってはいけないことについて。
(3)甲は発注および業務を遂行せしめる指示に際し、乙の職業倫理観及びその他経営上の信条に反する要求を行ってはならない。
「消費者の優良誤認を誘うような広告は作りたくない」というデザイン会社に対して「金払ってんだから言うことを聞いて作れ」と強要するのも、「ウチも土日働いてんだからオマエんところも土日働いて月曜に提案しろ」と強要するのもやめようね、という条項を定めした。
その代わり乙は「言われたことをやればいい」という受け身姿勢を取らないということを誓うのが次の条項。
(4)乙は甲にとっての真の利益を慮り、必要な情報提供、逆提案、進言等を誠実に行う。
クライアントが知識や情報不足からビミョーな方向に進もうとしている時は、「それはやめた方がいいですよ」ということも言いにくくてもちゃんと言うのが責任。「これを作ってくれというオーダーでしたけど、それは長期的に御社のためになりませんし、課題をお伺いして、むしろこういうものを作ってはどうでしょうか」と逆提案することもやりますよ、ということを定めました。
最後に、乙が嫌なら付随業務をタダでやらせてはいけないよという条項。
(5)乙は納品に至るまでの間、提案意図の開示や合意形成支援、その他業務遂行を円滑に進めるために必要な策を講じ、甲は成果物のみならずこれらの業務遂行に対しても正当な対価を乙に支払う。
大手企業や大企業病が始まったスタートアップは、社内説得用資料を別途作らせたり、自社都合でコロコロ見積もりを作り直させたりと、相手の時間を気安く奪うという暴挙に全く罪悪感を感じていないので、そういうタダ働きは本来NGであることと、でも乙側も本来は(≒タダじゃないなら)プロジェクトがスムーズに進む努力をすべきだよね、ということを定めました。
以上をまとめたものもアップしておきます。アレンジ含め、ご自由にお使いいただいて構いません。
上記第1条の宣誓内容に反したらそれを契約の解除理由にしてよいかどうかや、甲の都合で納品前に案件が打ち切りになった場合に精算をするかどうかなどは、個別の会社、個別の案件ごとに考え方が違うであろうことから、宣誓内容には含めませんでした。
また基本契約書に含めるべきか、個別契約書に含めるべきかもそれぞれの判断によるかと思います。
受注側の地位向上とレベル向上のために
僕がこの記事を書いたのは、日本に蔓延っている「金を払う側が偉い」というダサい価値観を排し、プロフェッショナルが正当に評価される世の中になって欲しいなと思うからです。(だからこそ、発注者側こそこのテンプレを使って欲しいとも思います。)
一方で、受注側の立場の方の中には「そんな強気に出られるのは、客を選べる会社だけでしょ。ウチは無理だよ」と思う方もいるかもしれません。しかし、少々残酷ですが、だったら客を選べるレベルまで自社を高めた方が良くないですか?言いなりにならないと存続できない会社は、淘汰されても仕方なくないですか?と僕は思います。正しいことを正しいと主張できるよう、鍛錬することが建設的なように思います。
仕事を請ける側も本気、発注する側も本気になって、得難い仲間として前進していけるあり方がスタンダードになったらいいなと切に願います。
弊社こんな感じでして、各ポジション積極採用中です
はい、宣伝です。Studiesは以下のポジションを随時募集しています。クリエイターのクリエイティビティをビジネスに応用することに強い興味がある人であれば、デザイナーに限らずエンジニアでもカメラマンでも、会計士でも哲学者でも、僧侶でも前科持ちでも構いません。
(1)各種デザイナー、コピーライター、映像クリエイター(ディレクタークラス=自分で勝手に動ける人)
(2)各種デザイナー(アシスタントクラス=Adobe系は何かしら使えるor自力で使えるようになる覚悟のある人)
(3)フロントエンドエンジニア、カメラマン、その他クリエイティブ職
(4)投資事業責任者orファンドマネージャー
またStudiesは現在スタートアップへ支援の一貫として出資機能も持っていますが、数期以内にスタートアップ投資事業を子会社化して規模を拡大させようと思っているので、VCや投資銀行などで経験を積んでそろそろ投資担当ディレクターやファンドマネージャーをやりたいという人材も募集しています。
【自己紹介】
Studiesというデザインコンサルファームの代表をやっている榊原と申します。スタートアップを中心に、経営・マーケティング戦略策定からロゴやwebなどの表現までをクリエイター(主にデザイナーとコピーライター)が一気通貫で担っており、コンサルティング/デザイン/出資をすべてクリエイターがディレクションするたぶん日本唯一のデザイン会社です。
僕自身は、東京大学教育学部で教育哲学+教育行政を学ぶ
→「教育と広告って似てね?」と思い博報堂でコピーライターをやる
→賞獲りレースに誰も興味ないチームで商品開発をやったりCM作ったりして、「クリエイターがマーケティングやるのオモロ!」と思った矢先、突然社内留学で営業職に。僕を可愛がっていた役員が人事に詰め寄る
→営業職はそれなりに学びは多かったけど独立。フリーのコピーライターとして大手の新卒採用コミュニケーションや各種のコンセプトワークを担当
→「デザインまでまるっとやってくれ」という相談があまりに多いので元資生堂のデザイナーと起業
という感じです。ゆるふわでやってます。
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