変わらないもの
東京、午前6時。
『いまでたよ』
1件の通知音で、僕は目を覚ます。
いつもと変わらない景色。
いつもと変わらない気温。
いつもと変わらない眠気。
そんな朝にピロンと1つの変化。
今日は東京から友人が遊びに来る日。
実に4年ぶりの再開だ。
久々の再開にはふさわしい3泊4日というスケジュールは、僕に感動としばしの緊張を与えたが、
『この日は結婚式で、この日は福岡にちょっと別用で、、、』
結局共に過ごせるのは1日くらいなものだった。
中高で6年間、親友として肩を並べたその友人は、大学2年の終わり、自分の芸人への夢を追って東京へ旅立って行った。
それから現在まで、東京で一人暮らしをしながら芸人としての活動も続けているらしい。
らしい?
そう、彼が東京に旅立って行ったあの日。
彼は僕にこう言った。
『一緒に来ないか?』
その頃の僕には夢がなかった。
いや、正確には目を向けたくなかったのだ。
同じく大学に入ってそこそこ経っていた僕は、大学卒業後の就職、院進をぼんやり考えていた。
誰もが羨む企業に入って、もしくは研究者として科学の発展に貢献を。
幸せな家庭を持って、子供や奥さんと一生を共にし笑って死んでいく。
誰もが口に出すだけで、周りから拍手される。
そんな「安心安全なレール」を脱線して、夢なんて曖昧なものに賭けることは、僕には出来なかった。
僕にとっては、変わらずにジッとしていることこそが安心であり、変わっていくことは恐怖だった。
彼が到着するまでの間、部屋の掃除をしながら、なんて声をかけるか考えていた。
久しぶり。元気してた?
東京生活はどうだい?
芸人としては上手くやれてるか?
どれも違う気がして仕方ない。
それもそうだ、あの日以降ろくに連絡を取ってないのだから。
彼の近況、夢、悩み。
僕は何一つ知らなかった。
知らない土地で、知らない人と関わり、知らないことを頑張っている。
変わってしまった彼を見るのは、怖かった。
そうして、かける言葉も見つからないまま、バスも1便早く乗れたおかげで、僕たちの再会は予定より3時間も早まった。
日が落ちて暗闇の中、大学の前まで来た彼を迎えに、集合場所のバス停まで向かうと、うっすらと人影が。
髪型も、服装も、立ち姿も、あの頃とは違う。
でも確かに彼だった。
夜飯のお店に行くまでの道中は上手く言葉が出なかった。
感動、疑問、不安、喜び。
どんな感情なのか整理がつかないうちにお店に着いて、席に案内された。
そしてようやく一言言おうとした時だった。
「懐かしいな」
彼が言った。
僕の目を見ず、横を向いて少し笑顔で。
何度も隣で見てきた、紛れもないあの頃の表情だった。
変わってなかった。
見た目が、雰囲気が違えど、彼は僕の知るあの時のままだった。
変わっていたのは、余計なことを考えて、1人で先走って考えていた僕の方だった。
そんなことする必要は元からなかったのだ。
言葉なんてなくても互いの心が分かる。
僕たちの関係はずっとあの頃のままだった。
そうしてお酒を飲みながら、楽しく思い出話やこれからの話に花を咲かせた。
「あの先生今は別の学校にいるらしいよ」
「こっちは今大学で色々やっててさ、」
「芸人として稼げるのはほんとにひと握りで、、」
そんな他愛もない話。
この瞬間もすぐに終わって、数日後にはまたお互いの日常に戻ってしまうだろう。
しかし微塵も不安などなかった。
僕たちの間には変わらないものがずっとあり続ける。
そう気づいたから。