結局サブスクってアーティストにとってプラスなのかマイナスなのか、改めて混沌としてきたので今一度整理してみた。
山下達郎氏のインタビュー記事が、サブスクに対する是非を今改めて喚起している。
方々でも指摘の通り、インタビュー記事をしっかりと読むと、氏がサブスクそのものを完全に否定しているわけではないことがわかる。
あくまで、現時点でサブスクに自身の楽曲を出すつもりはないということで、自身がサブスクを通し様々な楽曲に触れていることも付記されている。
このインタビューに端を発して、改めてサブスクに対する是非が各識者から提起されている。誰のどれとは言わないが、それら主張や提起が、サブスクに関する”ある側面”しか表現していない、あるいは単に事実誤認があるだけ、のように感じられ一度論点を整理しておくべきだと感じ、筆を執った。
まず、サブスクの収益構造とは?
そもそも本稿の理解のとば口に立つうえで、音楽サブスクからアーティストはどんなメカニズムで収益を得ているのかを知ることは必須だ。
こちらは、だいぶ前に投稿した拙稿を参考にしてほしい。
かいつまむと、音楽サブスクはサブスクが会員から徴収した月額会費からサブスク側の売上を除いた分を、楽曲ごとの再生数シェアで分け合う形でアーティスト/レーベルに支払を行っている。その結果、大体1再生当たり0.X円~1円前後の再生単価となる。再生単価のブレはそのサブスクの収益構造(広告or月額会費orそのブレンドか、etc…)に依存する。
このビジネス構造は、それまでの音楽業界のビジネスから大幅に逸脱している。特に日本においては、未だCDのマーケット規模が極めて大きく、業界全体がこの新しいビジネスに慣れきっていない。故に起きたひずみと考えると理解が進む。
本稿ではまず『儲け』という点でサブスクとCDを比較し、その是非を論じたい。そこには、音楽業界が長年築いてきたビジネス構造及び業界慣習が横たわっている。
結局、サブスクはCDより儲からないのか?
基本にして最も本質的な質問である。
国内の業界関係者に定量調査を行うと「儲からない」が大半であろう。
既にそのように語る記事は多く存在している。
しかしことはそう単純ではない。このイシューには複数の論点が存在する。
論点1:「儲かる」をどの時点で考えるか?
CDという(に限らず売り切り型の)エンタメ商材は、基本的に発売から数週間で売上の相当割合を稼ぐ。ゆえにアーティストやレーベルは発売タイミングの前後にプロモーションも含めたあらゆるアクションに心血を注ぐ。
一方でサブスクは、もちろん発売前後での再生が非常に大きいものの、発売から時間がたっても聞かれ続けることで売上が発生し続ける。時間が経過した作品がある日突然バズり、大きな再生をつくることも考えられる。再生=売上であるビジネスが故の特徴だ。
イメージとして1作品のCD/サブスクの売上推移は以下のようなイメージ。
垂直立ち上げ型で発売後の数週間~1か月に売上が集中するCDに対し、サブスクは発売直後のピークはCDに及ばないが長く売上が入ってきつづける。
付記すると、現在はCDのマーケットサイズが小さくなっているのでこの緑線グラフのピークはもう少し低くなり、作品によってはサブスクと肉薄する。
また、余談ではあるがこのサブスクの売上モデルは、レーベル経営にとって非常に都合がよい。これまでは、その年に出すCDの売上が奮うか奮わないかでレーベルの年間売上は大きく左右していた。短期決戦型ビジネスの集積がCD中心の経営だからだ。しかし、サブスクは前述の通り時間がたっても再生数に応じた売上が安定的に入ってくる故、売上が前年と比べて著しく下がるという現象がおきづらく、ゆえに経営が安定しやすい。結果(といっていいと思うが)この数年で、非上場だったグローバルメジャー2社、ユニバーサルミュージックとワーナーミュージックが相次いで改めて上場することとなった。
レーベルにとってサブスクは儲かり、経営に安定性をもたらすものとなった。そして、アーティスト/マネージメントにとっても、長期にわたり安定的な売上をもたらしうる存在となった。
故にこの論点は、サブスクは短期的な目線(ショットセールス)で考えるとCDより儲からないが、中長期でみる(ライフタイムバリューで見ると言い換えてもいい)と安定的な収益を継続的に提供しうるもの、ということになる。
しかしこの論点は、売上の時間的推移に対するビジネスごとのコンセプトの違いの表現に過ぎない。”儲かる=手残り”と考える時、果たしてサブスクは『儲かる』のか。
論点2:誰にとって「儲かる」と考えるか?
しばしばアーティストが語る『サブスクは儲からない』という発言は、複数の要素が折り重なった形のことが多いが、以下のサカナクション山口一郎氏の発言・記事は、現況をアーティストの目線でかなり正確に整理して語ったものとなっており重要なサブテキストだ。
この記事から以下の通り複数の箇所を引用する。
3つの言葉が出てきた。『1.著作権印税/2.アーティスト印税/3.原盤印税』 アーティストが音楽という商品を通じて得られる『儲け』はこの3つで過不足ない。
うち、1.著作権印税は、著作者、つまり作詞・作曲者への印税であり、CDの場合は1枚に対して6-7%程度。デジタル(ダウンロード、ストリーミング)では10%前後が標準とデジタルのほうが還元率は高い。
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※上の記事で山口氏が「3%」と語っているのは、著作権印税を徴収代行する「音楽出版社」の取り分が50%であることを踏まえてのアーティストとしてのCDにおける取り分率のことを指していると考えられる。
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また、著作権印税はCDやデジタルなど制作された「原盤」の販売のみならず、カバー、ライブDVD/CD、カラオケのような原曲が別の形で演奏・歌唱されたものに対しても生じるものであり、形態を問わず楽曲を生み出すことと不可分な儲けを意味している。
一方で2と3については、原盤、つまりレコーディングを経て固定された盤に対して生じる収益でありレコードビジネスの中心はこの2つだ。そして、この2つの収益源の問題が『サブスクあんまり儲からない』論と直結していると考えられる。
まず、2.アーティスト印税 については日本の業界標準的に「1%」と極めて小さいレートがCD時代より割り当てられている。
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※ここで山口氏が語る5-10%というのはサカナクションクラスのアーティストだからで、日本のレコード契約においては1-2%が業界標準である。
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CDの時代には1枚当たり3,000円に対しての1%なので30円であり、100万枚売れればこの部分だけで3,000万円がアーティスト側にもたらされたが、サブスクは前述のとおり1再生が高くて1円である。1%ということは0.01円であり、100万回再生されても1万円にしかならない。
このパーセンテージはCD時代の遺物である。CDのように短期的に一気に売れる商材が中心となり、かつバブルといっていいレベルで大量に売れていた時代に考えられていた商慣習がビジネスモデルが全く変わった今でも同じままに設定されていることが、アーティストにアンフェアを抱かせる要因となっている。
その意味で3.原盤印税はさらに大きな問題をはらむ。
原盤とは作詞・作曲された楽曲を演奏を通じて1つの盤に固定させたものであり、音楽レーベルが商品として扱っているものがここである。
この「原盤」は上の記事でも書かれているとおり、制作費を出した主体の持ち物であり、多くの場合レーベルが保有する(逆に言えば制作費をレーベルが出している。サカナクションの場合はレーベルと事務所が相持ち<共同原盤という>しているようだ)。
そして、この原盤印税はサブスクからの収益に対して50-60%と過半を占めている。つまり再生単価1円に対して0.5-0.6円程度だ。
このサブスク最大の収益源にレーベル契約アーティストの大半はタッチできていないのだ。サブスク儲からない論の最大のポイントはここにある。
特に、原盤の制作費がDTMの普及・PCのスペック向上に伴い著しく下がっているにもかかわらず、原盤の制作費をレーベルが拠出し原盤印税を総取りされるような契約が、ここでも過去の業界慣習に基づき一般的とされている。
※YOASOBI「夜に駆ける」の制作費は約3,000円といわれている。 https://thetv.jp/news/detail/1022954/
ゆえに、上の記事で山口一郎氏も、原盤権を自ら保有するインディ系アーティストはサブスクで曲がかかれば儲かるのではないか、と指摘する。
そう、サブスク”が”儲からないのではなく、特にメジャーに所属するアーティストにとっては、サブスクは業界慣習が邪魔をして魅力的なレベニューソースになっていない、ということなのだ。
原盤印税が過半である以上、それを持っているところ(レーベル/インディアーティストにとっては極めて魅力的な『儲け』をもたらすのがサブスクといえる。
例えば海外では、カニエウェストがこの原盤権の問題で声明を発表したり(ただし彼の場合契約時に非常に高額なアドバンス<前払い金>を提供されており、是非は分かれる)、テイラースイフトが自らの原盤の権利を買い戻すなど、サブスクというビジネスを真ん中に据えてCD時代の契約の在り方を見直す動きが起きている。
一旦のまとめ
まず本稿は、サブスクの是非を検証するうえで「サブスクは儲かるのか?」という非常に基本的な事柄を見てきた。
結論は、「儲かる」の間尺をレーベルやアーティストがいかに変革できるか?に依る、という答えのようで答えでないものとなった。
CDからサブスクへの変化は、短期の売り切りからライフタイムバリューの最大化へとビジネスの在り方そのものを変えつつある。
新譜から短期的に莫大な印税が入ってくるというよりも、過去カタログも含めた基礎所得が積み重なって月当たりの収入になっていくようなモデルだ。
その中で、現行のレーベル・アーティスト間の契約は過去のパラダイムを参考に作られており、結果アーティストが割を食うような形になっており、そのことがメジャー契約のアーティストの不満として、「サブスク儲からない論」「サブスクは音楽を安売り論」へと昇華されていると思われる。
逆にサブスクだからこそ浮揚できているあるいは儲かっているアーティストというもの存在しており、そのあたりはこの後書いていければと思う。
ちなみに、とはいえ音楽アルバムを未だに1枚3.000円で販売できている日本の音楽市場からすれば、月1,000円で聞き放題のサブスクが音楽の安売りかどうかは大いに議論の余地があるが、それは別稿に譲りたい。
「サブスクの是非」という大きなテーマで始めてしまった以上、「儲かるか?」は1つのイシューに過ぎない。今後、以下のイシューについても同様に論じていきたい。
Issue2:サブスクは「不公平」なのか?
Issue3:サブスクの恩恵に授かれているのは誰なのか?
Issue4:サブスクによる業界構造の変化は、不可逆なのか?
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