Episode 028 「或いは、You're what you listen to・・・なのかも知れない」
「You're what you eat」(あなたは、あなたの食べるのもでできている)なんていう諺が西洋にはある。つまり、それくらい何を摂取するかは重要だよ、というのがこの諺の論点だと思われる。そこで、この諺のパロディとして「You're what you listen to」(あなたは、あなたが聴く音楽でできている)と断言してみる。それくらい、音楽とは我々の人生において重要ですよね、という事を主張してみる。
さて、前回のEpisode(Episode027参照)にて「オーストラリアにいた時(1996〜2010年)によく聴いたアーティストおよびバンドの曲」(併せて、「よく聴いた訳では無いが印象が強く残っているアーティスト及び曲」も含む)、という括りで当時を振り返る事を開始した。前回は「A」編だったので、今回は「B」編という事で、アルファベット順に記載していく。
「え、何?・・・アルファベット順ってことは、26回にも分けてまでやる訳?デアゴスティー二的な?」という考え方もできなくは無いが、記録として、オーストラリアで生活した1996〜2010年の14年間の諸々をNoteに残す事が主旨であるので、忠実にそれに倣う為に、或いは細かくなるが行いたいと思う。
B-DASH(日本)
(アデレードに短期留学していた)友達であるカズの持っていたポータブルMDプレーヤーで初めて聴いた時は衝撃的にカッコイイと思った。その後、CDが欲しくなり、日本に遊びに行ったタイミングまたは家族の誰か(おそらく母親)が日本に遊びに行ったタイミングで「Freedom」(1999年発売)というCDを買ってきてもらった。このバンドは、単なるパンクロックのバンド、ではなく「デタラメ語で歌う」というジャンルを築き上げたバンド(きっとMaxium The Hormoneにも影響を及ぼしたと個人的には感じている)だと思われる。因みに、「Freedom」にはHOHOIという曲が収録されているのだが、ココリコ遠藤のネタである、「ホホホイ」はこの曲から来ていると勝手に思っている。このバンドの素晴らしい点は、曲の構成にあると個人的には感じている。つまり、曲の進行の予想が立たないのである。「ここで、そんなメロディに行くか?!」や「いきなり曲調が変わるな!!」という、言わば予想外な事が一曲を通して起こるのである。しかも複数回も。めちゃくちゃ語で歌う事にせよ、予想外な曲の展開が見られる事にせよ、様々な意味で非常にユニークなバンドである。しかし、このバンドは時代より20年は早く登場してしまったと思われる。時代の先を行き過ぎていた。
Bad Religion(アメリカ)
初めてこのバンドが気になったのは、テレビ(ひたすらPVが流れ続ける音楽番組、確か「Triple J」という音楽番組)で聴いた「Punk Rock Song」であった。おそらく、2000年前後の事だったと思われる。よく遊びに行っていた日本人の友達(予志也くん)のお兄さんであるしゅうすけさんの部屋にRadioheadのポスターが貼ってあり、そのThom Yorke(Radioheadというバンドのフロントマン)は金髪であり、Bad Religionのギタリストの一人であるBrian Bakerが「Punk Rock Song」のPVの中で金髪であったこともあり、予志也くんに(ポスターに映るThom Yorkeを指差して)「Bad Religionの人みたいだね」と言ったのを憶えている。このバンドがパンクロックというジャンルに齎した影響は計り知れない。1980年に結成され、2024年の時点で、既に44年間もパンクロックな音楽を鳴らし続けているのである。また、ギタリストの一人であるBrett Gurewitz氏はEpitaph Recordsというレコード会社を設立し、様々なパンクロックバンド(NOFX,The Offspring,Pennywiseなどの世界を代表するパンクロックバンドの数々)をプロデュースした。このバンド無くしては、NOFXも存在しなかったかも知れない。そしてNOFX無くしてはHi-Standardも今の様な存在にはなっていなかったかも知れない。そう言った観点からみると、いかにこのバンドが重要だったか、が少し見えてくる気がする。
Bad Brains(アメリカ)
ギターマガジンという音楽雑誌(横山健(Ken Yokoyama, Hi-Standard)特集の特別版)で横山健のオススメの音楽を特集するページで初めて耳にしたバンド。時が経ち様々なバンドのインタビューなどを読んでいると、このバンド名が頻繁に挙げられることに気付いた。どうやら、多くのバンドに多大なる影響を与えたバンドらしい。2021年に入り、このバンドのドキュメンタリーを見たのだが、非常に興味深い作品だった。黒人でありながら、イギリスのパンクロックというジャンルの音楽に影響を受け、自らも(自分達なりの)パンクロックの音楽を追求し、独自の音楽を確率させ、後にあまりにも多くのバンドに影響を与えた。尚、Brahman(バンドマン)のリーダーであるToshi-Low氏もこのバンドのバンドTシャツを着ていたことから、きっとこのバンドが好きなのだろうと推測する。私も、このバンドのTシャツ(2021年下旬)に購入した。
Banana Boat(日本)
確か、友達(予志也くん)の家で初めて聴いたバンド。あれは、2000年辺りだったと思われる。どうやら、予志也くんの(日本にいる)従兄弟がパンクロックが好きとの事で、MDに様々なバンドの楽曲を録音しては予志也くんに(日本から)アデレードに送っていたらしい。この様な縁あって、(このバンドの音楽を)聴く事になり、すっかりハマってしまった。日本にいる幼馴染に「What’s the things we do first?」(1998年)というCDを購入してもらい、アデレードに送ってもらった。このアルバムは、傑作である。もちろん、演奏力がどうだ、とか、英語の発音がどうだ、などの観点から言うと様々な意見が出るかもしれないが、総体的に見て個人的には非常にかっこいい曲を書くバンドであり、好きなバンドだと強く思っている。特にドラムがかっこいい。
THE BAND HAS NO NAME(日本)
奥田民生の大ファンであり、彼に関するニュースはアデレードにいながらも常にネットで追っていた。そんな彼がSparks A Go Goというバンドメンバーと組んでTHE BAND HAS NO NAMEという名前で曲を数曲(ミニアルバムを)リリースした。当時、大学生であった私は大学の図書館でこのバンドのサイトにアクセスし動画を観ていた。2005年の事だった。尚、後に知る事になったのだが、どうやらこのSparks A Go Go というバンドは奥田民生が在籍したユニコーンと同世代であるらしく90年代初期にはすでにこのメンバーで曲を一緒に作ってCDも発売していたとの事だ。ストレートなロックンロールを奏でるバンドであり、(多くの奥田民生の楽曲がそうである様に)時代性が反映されていないため、時が経った今でも(例えば、2005年のリリースから19年経った現在2024年に聴いても)全く古い、という感覚がない。素晴らしい楽曲である証拠である。
BBQ Chickens(日本)
Hi-StandardのKen Yokoyama率いるバンド。横山健曰く、彼が昔聴いていたハードコアバンドやメタルやスラッシュメタルバンドの様なバンドの曲のリフを意識して作った曲が多い、との事。このバンドの曲を初めて聴いてから約20年も後(2020年に)に知る事になったのが、どうやらこのバンドを初めたのはHi-Standardの活動がストップし、音楽を再開する際のリハビリ、として始めたバンドだった、との事。Hi-Standardの活動が停止したのは2000年。BBQ Chickensのファーストアルバムである「Indies Rock Strikes Back」が発売されたのが2001年。
The Beach Boys(アメリカ)
どのタイミングで聴くようになったのかは全く憶えてないが、「兎に角、圧倒的に良い曲を書くグループ」というイメージ。ビートルズに並ぶ、つまり音楽の教科書に載る様な曲(質の高い曲)が多い。1966年にリリースされた「Pet Sounds」というアルバムは正に傑作である。尚、ジム・フジーリという作家がこのバンドの、「Pet Sounds」について書いた本があるのだが、この翻訳は村上春樹が行っている。
Beastie Boys(アメリカ)
具体的にどのタイミングで聴き始めたかは憶えていないが、このグループが世界にもたらした偉大な影響および功績に関しては、このグループの楽曲を聴き入る事に併せ、その歴史を勉強する事(インタビュー記事や、インタビュー動画を通じて)で理解できた。80年代、Public EnemyおよびRun-D.M.Cに並びHIP HOPの音楽を世界的にメジャーシーンに持ち上げたグループである事は間違いない。彼らの楽曲を聴けば聴くほど様々なミュージシャンに影響を与えている事がわかる。日本の音楽シーンで言うとDragon Ashも例外ではない。Dragon Ashの、例えばViva La Revolution(1999年)というアルバムに収録されている多くの曲が、Beastie Boysに(圧倒的に)影響されている事がわかる。またDragon Ashのフロントマンであるkj本人の発言で「生涯一番衝撃を受けたのはBeastie Boysの“Check Your Head”(1992年に発売されたアルバム)で、恐らくこの先も、当時受けた衝撃を受ける事は無いと思う」と語っていた。因みに、個人的にはDragon Ashの「Buzz Songs」(1998年)というアルバムに収録されている「陽はまたのぼりくりかえす」という曲を初めて聴いた時の衝撃はあまりにも大きく、この衝撃を超える曲を思い浮かべるには、ある程度時間を要する。Beastie Boysに関しては、リアルタイムでは「The Mix-Up」(2006年)というアルバムを購入した。個人的に特に気に入っているアルバムは「Licensed to Ill」(1986年)、「Ill Communication」(1994年)、「To the 5 Boroughs」(2004年)である。尚、このグループは、(現状の)ヒップホップ要素の強いミクスチャー音楽を始める前は、ハードコアバンドとして音を奏でていたとの事である。尚、2022年7月中旬、このバンドTシャツを購入した。
The Beatles(イギリス)
運転中、父親が一緒に車に乗っている際、私が好む音楽が車内で掛かっていると「やかましいから止めろ」と言われていた中、数少ない「やかましい」と言われなかったバンドの一つ。ビートルズに関しては、初めて聴いた時(小学校に上がる前、姉二人の新体操のクラスで掛かっていた)から2024年の今も尚、つまり約30年以上経っても聴き続けているバンド。このバンドがどんなバンドなのか、については語る必要性はない。それくらい絶対的なバンドである。僕が常に感じているのは、「この世には絶対的な事が二つしかない。一つは、“時間(一方的な方向(未来)にしか進まない)”。そして、も一つは、“ビートルズ以上のバンドは過去にも、現在にも、そして将来的にも存在し得ない”」という事である。
BECK(アメリカ)
「Rolling Stoneが選ぶ、最も優れたミュージシャンTOP100」という類の(雑誌だかネットでの)記事で知ったミュージシャンだと思われる。このミュージシャンの曲を初めて聴いたのがいつだったかは明確には思い出せないが、おそらく2000年代半ば頃だったと思われる。
Bee Gees(オーストラリア・イギリス)
もちろんこのグループの名前は知っていたが、特に好きな曲があったわけでもない中、Red Hot Chili Peppers のギタリストであるJohn Fruscianteがライブで(一人で)この曲を歌っている動画をYouTubeで観てから気になってオリジナルであるBee Geesをチェックした形になる。
BEGIN(日本)
Mongol800の影響で沖縄音楽に対する興味が高まり、出会うこととなったバンドだと思われる。または、日本から送られて来たビデオに収録されていた音楽番組で見て好きになったのかもしれない。恐らく後者だ。
Ben E.King(アメリカ)
これは明らかに映画スタンド・バイ・ミーで聴いて好きになった曲。John Lennonのカバーとオリジナルを歌っているBen E.Kingのバージョンとどちらを先に聴いたかは憶えていないが、圧倒的に質の高い曲である。尚、スタンド・バイ・ミーの映画のパロディをFamily Guy(アメリカのブラックジョークの利いたアニメ)でやっていて非常に面白かった。また、「松紳(まつしん)」(という、松本人志と島田紳助のテレビ番組)をYouTubeで見た際に、紳助が「スタンド・バイ・ミーを友達と見て、感動して、じゃあオレ達も昔過ごした街を見に行ってみよう、きっと(自分たちが成長した事から)街が小さく見えるに違いないって皆んなで丘の上から街を見下ろしたら、街が発展して、大きなってた」という話をしていたのを憶えている。
Ben Folds Five(アメリカ)
二番目の姉が好きだったアーティストとして知る事になった。この曲は非常にカッコイイ。余談であるが、どうやらBen Foldsは一時期アデレードに住んでいたことがある、というのを聞いたことがある。嘘か誠か、その真実は知らないが。
Ben Harper(アメリカ)
恐らく、Jack Johnsonに聴き入っていた時期(2001年~2004年あたり)に知る事になったアーティスト。スライドギターを弾く姿が印象的。尚、ハイスクールの友達であったシェーン(セマフォーに住んでいた)のお兄さんがBen Harperの曲を弾いていたのを憶えている。ソウルな音楽である。「Waiting On An Angel」のギターのイントロの部分からインスパイア(寧ろコピー)され、自分でも曲を書いた。確か、2009年または2010年辺りの事だった。この曲にインスパイアされ、また、歌詞をA4の紙に書いたのだが、紙にある線をわざと無視して、紙を斜めにする形で英語の歌詞を書いたのは、その時見ていたThe Smashing PumpkinsのフロントマンであるBilly Corganがその様に歌詞を手書きで書いていたからである。ビートルズの名曲、Strawberry Fields Foreverのカバーは傑作である。
Billy Joel(アメリカ)
特に意識して聴いていたわけではないが、ビートルズやビーチボーイズ同様、音楽が好きな人であればほぼ絶対的な確率で遭遇するアーティストの一人。特にPiano Man(1973年)は、いつ聴いても名曲である。音楽の教科書に載ってもおかしくないレベルの曲。
Björk(アイスランド)
一番上の姉の部屋に(このアーティストの「Debut」というアルバムのジャケットのアートワーク)ポスターが貼ってあったのを憶えている。曲としては、そんなに思い入れはないが、最近(2019年あたり)になりしっかりと彼女の楽曲を聴いたが、非常にかっこいい。特にHyperballadはオススメである。アイスランドの音楽は非常にクオリティが高く、同国出身のミュージシャンで好きなのは他にも、Sigur Rosというバンドがあったり(特に「Takk…」(2005年)というアルバムの「Happipolla」という曲は傑作)、併せてAsgeir(アウスゲイル)というミュージシャンも(「In the Silence」(2014年)というアルバムの「King and Cross」という曲は圧倒的なクオリティの曲である)いる。どうやら、この国は、(歴史上)世界初の女性の大統領を生んだ国であったり、世界経済フォーラムの男女平等ランキングで何年間にもわたり連続して1位になるほどの男女格差の是正で世界をリードしているだけに留まらず、質の高い音楽を生み出すことにも長けている様だ。
Black Eyed Peas(アメリカ)
特にこのバンドに対して思い入れはないが、この一曲だけは記憶に残っている。この曲がリリースされたのは、2003年との事である。
Black Sabbath(イギリス)
バンド名は知っていたが、楽曲は特に聴いた事がなかったのだが、Hi-Standardが「Making The Road」(1999年)のアルバムでBlack SabbathのChanges(1972年)という曲をカバーしていたり、また「School of Rock」(2003年)という映画の中で、主人公を演じたJack Blackが教室で生徒に対しエレキギターを教える際に、「俺が今から弾くから、真似して弾いてみろ」と言って弾いたイントロがBlack SabbathのIron Manの曲だった。尚、このバンドは「ヘヴィメタルの開祖」という異名があるとの事で、やはりラウドな音楽が好きな者としては、ルーツを知るという事は非常に重要と考え、最近(2020年6月)Black Sabbathのベストアルバムを図書館で借りたのだった。
Blink 182(アメリカ)
初めて聴いたのは1999年に発売されたEnema Of The Stateというアルバムだった。このアルバムはポップパンクロックの歴史において圧倒的に存在感の強い、また質の高いアルバムとなっている。もし、「つまり、ポップパンクロックとはどんな音楽なの?」と訊かれたならば、このアルバムを挙げるかもしれない。初めて「Enema Of The State」(1999年)を、2000年あたりに聴いてから、遡る形で「Dude Ranch」(1997年)というアルバムを聴き、更に遡り「Cheshire Cat」(1995年)及び「Buddha」(1994年)を聴いた。2001年に発売された「Take Off Your Pants and Jacket」のアルバム以降の作品は全てリアルタイムで購入している。現在(2024年)もバンドは存在するものの、オリジナルメンバーであるギタリスト兼ボーカルであるTom Delongeが抜けた以降に作成されたアルバムは、なぜか聴く気にならず、2003年に発売された、Tom Delongeが在籍し作成した最後の作品である「Blink 182(セルフタイトル)」というアルバムまでの作品ばかり聴いてい他のだが、2023年に入りTomが(再度)復帰して新たなアルバム「One More Time」を発表した。相当良い仕上がりとなっているアルバムだった。間違いなく、90年代~2000年代に留まらず、結成当時(1992年)からポップパンクロック界のトップを走っていたバンドである。このバンドを真似するかの様に、そのあと多くのポップ・パンクロックバンドが出現した様に見受けられたが、やはりこのバンドがキング・オブ・ポップ・パンクロックである。2024年の今でも、この見解は揺らいでいない。
The Blue Hearts(日本)
もちろん存在は知っていたが、Hi-Standadの横山健を特集したギターマガジン(雑誌名)にてThe Blue Heartsのギタリストであったマーシーと横山健の対談記事を読んで以降、更にブルーハーツの曲を聴くようになった。The Blue Hears 解散後、ボーカルの甲本ヒロトと共に、The High-Lowsを結成し、その後クロマニヨンズというバンドを結成したが、バンド名が何であれ、ヒロト&マーシーのコンビが奏でるパンクロックは、本物である。それだけは、間違いない。ブルーハーツの奏でる音は、叫ばれる歌詞は、リアルである。熱量が尋常ではない。そこに、偽りが、全くないのである。かの松本人志もブルーハーツを敬愛している。
Blur(イギリス)
このバンドに対する思い入れは特に無いが、この曲だけは印象に残っている。この曲に関しては、何かのコンピレーション(オムニバス)のCDで聴いたものと思われる。
Bob Dylan(日本)
生きる伝説(2024年現在)であるBob Dylan。ビートルズ同様、音楽が好きな人(寧ろ、特に音楽が好きな人でなくても)であれば、一度は聴いた事があるであろうミュージシャン。2007年か2008年頃、自宅でパーティをした際にバンドで何曲か演奏した後、アコギで一人でBlowing’In The Windを歌った思い出がある。尚、2020年、何がきっかけになったかは憶えていないが、“みうらじゅん”の書籍を相当(10冊以上は確実に)読むに至り、彼が熱く語るボブ・ディランに再度興味を持ち、世田谷区桜丘の図書館にてボブ・ディランの様々なアルバムを借りてきたのであった。ちなみに、みうらじゅんの(ボブディランへの)熱量は尋常なものではなく、至る書籍にてその旨が綴られていた。尚、ボブディランが日本に来た際に、お寺を見たい、というリクエストが出たらしく、(ボブディラン側の)コーディネーターからみうらじゅんに連絡が入ったとの事。どうやら、そのコーディネーターの人は、みうらじゅんの(ボブディランに対する)熱量、併せて大仏(みうらじゅんの大仏に対する知識などは相当なものらしい)に関する知識の豊富さなどから、彼(みうらじゅん)に連絡をし、是非ボブディランの(お寺への)アテンドをして欲しい、と頼まれたとの事。実際に、(みうらじゅんにとっての)永遠のヒーローであるボブディランを目の前にし、緊張していたみうらじゅんを、コーディネーターの人は(ボブディランに対し)丁寧に紹介したとの事。「彼(みうらじゅん)は、イラストレーターでありながら、本を書いたり、たまにテレビ番組に出演したりしています」と、つまり、様々なジャンルで活躍する人物である旨を伝えようと、そういった説明をした中、ボブディランが一言、「定職は無いのか?」と言い放った話を、(みうらじゅん)本人が(YouTubeにアップロードされている)ラジオ番組で話していたエピソードが相当好きである。ボブディランは、(世界のミュージシャンに併せ)日本における多くのフォークミュージックの大御所(例えば、吉田拓郎)にも相当な影響を及ぼしたとの事。尚、2016年、ミュージシャンとしては初の快挙となる、ノーベル文学賞を受賞した。1960年代当時、アメリカの公民権運動やベトナム反戦運動などの背景を歌った、「Blowin’ In The Wind(風に吹かれて)」をはじめ、現在詩文脈の中でも常に高く評価されてきたその歌詞表現が「偉大なアメリカの音楽の伝統の中に新しい詩的表現を生み出した」として(同賞が)称えられた、との事である。
Bob Marley(ジャマイカ)
このミュージシャンも、避けて通れないミュージシャンの一人である。尚、No Woman No Cryに関してはSublimeというバンドがカバーをしており、Redemption Songに関してはNo Use For A Nameというバンドがカバーしていた。
Bodyjar(オーストラリア)
記念すべき人生初ライブはこのBodyjar(及びFrenzal Rhombというバンド)がヘッドライナーであった(アデレード大学にて行われた)ライブだった。How It Worksというアルバムが2001年に発売され、当時ハイスクールの11年生(高校2年生)であった私はすっかりこのバンドの虜になっていた。アルバムの一曲目のNot The Sameは2024年の現在聴いても瞬時にテンションが上がる曲の一つである事から、ジョギング時、またはスケボーをする際などに聴いている。尚、Hazy shade of winterというカバー曲に関しては、オリジナルを歌うSimon & Garfunkelより先に、彼ら(Bodyjar)がカバーするバージョンを耳にした。
Bomfunk MC’s(フィンランド)
一時期(2000年頃)、テレビの音楽番組で常にチャート入りしていて耳にしていた曲。特に好きというわけでもなかったが、あまりにも露出が多く、頭にこびりついている。
Bon Jovi(アメリカ)
特に好きなバンドでもないが、この曲はよくテレビで流れており、記憶に残っている。
The Boom(日本)
日本から送られてきたビデオで観た紅白歌合戦でThe Boom のメンバーがアルゼンチン(そう記憶する)の歌手と一緒に歌っていた映像が強く記憶に残っている。また、Low IQ 01(ロー・アイキュウ・イチ)というミュージシャンが(この曲を)カバーしており、非常にかっこいい仕上がりになっていた。
Box Car Racer(アメリカ)
Blink 182のギタリストであるTom DelongeがBlink 182に在籍中にサイドプロジェクトとして活動させていたバンド。Blink 182の3人中2人(Tom Delongeに併せドラムのTravis Barker)が在籍した。曲はBlink 182に比べポップな要素がそぎ落とされ、ヘビーなドラミングから繰り広げられる曲は相当かっこ良い。「Box Car Racer(セルフタイトル)」は2002年に発売されたアルバムだが、20年以上が経った2024年現在聴いても全く古い感じがなく、やはり質の高い曲は時代を選ばないものだと改めて感じている。最近、改めて感じる事の一つに、「持続性(Sustainability)」の重要性、というのがある。この視点は、音楽でも大いに適用されると感じる。やはり流行り廃りでは無いが、勢いに任せ、例えば知名度が上がったり、または売れたりしても、それらだけでは続かない。やはり、質の高い音楽には、持続性があると感じる。そして、このバンドの楽曲も、20年以上経った今でもこうして聴き続けられるという事は、そこに持続性があるからである、と結論付けても(おそらく)妥当なのでは無いかと感じる。
Bracket(アメリカ)
NOFXのベーシスト兼メインボーカルが運営するレコード会社であるFat Wreck Chords(ファット・レコーズ)がリリースしていたコンピレーションアルバム(Survival Of The Fattest(1996年発売))に収録されており、(このバンドの存在を)知る事になったバンド。キャッチーなメロディーが印象的なバンド。
BRAHMAN(日本)
このバンドは、アデレードハイスクール(Episode022参照)に短期留学をしていたカズという友達から教えて貰った。正直、かなり衝撃を受けたバンドである。曲を聴けば、彼らは音楽を本気でやっている事がヒシヒシと伝わって来る。熱量が凄まじい。尚、このバンドを知ってからかれこれ2024年現在で、(彼らの音楽に初めて触れた日から)20数年以上が経過するが相変わらずかっこいいパンクロックな曲をリリースしている。よくYouTubeなどでライブの動画を見るのだが、ボーカルのToshi-LowのMCは聞き入ってしまう。2015年には、幕張メッセで彼らの20周年記念のライブをタカヒロ(彼も、アデレードハイスクールに短期留学生として来ていた)と観に行った。彼らの奏でる音楽は、本物である。そこに疑いの余地はまったく存在しない。
The Brilliant Green(日本)
日本から送られてきたテレビ番組(音楽の番組)で初めて見たバンド。この曲(発売は1998年とのこと)は記憶に残っている。
Buddy Holly(アメリカ)
Weezerというアメリカのバンドの曲で「Buddy Holly」(1994年発売)という曲があり、この曲名が実際に存在する人(ミュージシャン)から名付けられた曲であるという事に気付いてから色々と(Buddy Hollyについて)調べてみた。その中でEverydayという曲を聴いた事があると気づき、思い出すと、映画の「スタンド・バイ・ミー」の中で掛かっていた曲だった。尚、大滝詠一が佐野元春および杉真理と組んだナイアガラ・トライアングルVol.2に収録されている「A面で恋をして」(1982年)という曲は、恐らくこの曲のオマージュ作品である、と勝手に思っている。
Bump Of Chicken(日本)
日本から送られてきたテレビ番組(音楽の番組)で初めて見たバンド。「天体観察」(2001年)及び「スノースマイル」(2002年)の2曲は記憶にある。
B'z(日本)
最も遡れる記憶の中で、「しっかりと意識して音楽を聴き始めた」のは確か13歳または14歳(1998年)であり、その時に聴いていたのがB’zである。B’zのベストアルバムである「Treasure」(1998年)に収録されていたBLOWIN’という曲が、恐らく初めて「音楽って、良いな」と思わせてくれた曲である。