ブチギレのはなし
こんな僕でも、ブチギレした”怒りのエピソード”があります。こんな僕ってどんな僕だよって思う方、以下の記事を読んで下さい。
周りからは、「やさしいね」とか「落ち着いてるね」って言われるんですが、鬼の形相でブチギレしたこともあります。だって人間なんだもん。
お掃除時間
小学3年生くらいでした。この話はあまり記憶にないです。
でも、僕が怒りの感情から手を出してしまった唯一の話になります。
(たぶんもっと小さい頃は怒ってぽかぽか叩いたりしていたんでしょうが)
当時、僕は学級委員でもやっていたような気がします。人見知りのくせに正義感をぶらさげてクラスの長になるような人間でした。
そのブチギレは、掃除時間にやってきました。Y君が掃除中ふざけていました。目に余ったので、僕は注意しました。当時の僕は、「ナイフのように尖った言葉」の使用方法を知らなかったのでふんわり注意したと思います。
その注意に対する返答が気に入らなかったんでしょうね。
無心で殴って蹴りまくりました。それだけは鮮明に覚えています。
今思い返せば申し訳ないと思います。「ことば」の使い方を知らなかったんだな。
この事件がきっかけとなってかはわかりませんが、怒りの感情から暴力を振るうことはなくなりました。成長したな。偉いぞ、じぶん。
しかし、なんて言われたんだろう。相当なこと言われたんだろうな…。
初ホームラン
これは高校2年生の時です。僕は野球部員です。
夏の大会がせまって、練習試合も残りわずか。そんなときブチギレが発動します。練習試合とはいえ、公式戦が近々にせまっている場合、極限まで本番に近い状態で試合しなければいけません。
そんな時期の練習試合です。8回終了時点、0-10で敗けていました。
それだけでイライラというかモヤモヤしていました。
もう大会直前なのに。こんな試合してしまって情けない。
こんな試合してたら夏の大会勝てるわけない。不甲斐ない…。
9回、僕はバッターボックスに立ちました。相手チームから「楽勝、楽勝」というムードがビンビンに伝わってきました。何かそういった類の声が相手チームから聞こえてきたのかもしれません。
なめんなよ!こっちだって死ぬ気で練習してきたんだ!
打席内で冷静さが微塵もなくなりました。全身全霊。思いっきりボールをぶん殴ってやりました。金属バットで。(これは暴力じゃないですよね?)
インコース高めのボール球でした。ドカベン・岩鬼の悪球打ちをイメージしてください。
グアラゴワガキーン!ボールはライトスタンドポール際、ギリギリ入るホームランとなりました。これが僕の野球人生初、柵越えホームランです。ちなみに高校通算2本しかホームラン打っていません!その分、余計印象に残っています。ちなみにもう1本は関東一高から打ちました(自慢です。)
その試合は1-10で敗けました。でも、チームにポジティブな印象を一つ残せて良かったです。その年、僕らは岩手県大会ベスト4まで進みました。
vs作業員さん
新卒で入社した倉庫会社に勤めていたときの話です。僕はもめごとが嫌いなので、顧客、作業員、上司に対する態度には細心の注意を払っていました。いや、注意を払うというより、信頼関係を築くための努力を惜しみませんでした。関係性を良くするためには手段を選びません。自分の恥ずかしい話もバカ話も全部さらけ出していました。飲み会もキャバクラもたばこも断りませんでした。
とある日、僕は作業員にブチギレしました。
僕が働いていたチームは3人。女性2人と組んでいたので自動的に僕がリーダーです。男尊女卑の空気感があたりまえに残っている職場でした。女性の1人は同期でタメ年。異動して同じチームに入ってきたばかりでした。
作業現場の空気も知ってほしい。
倉庫の現場を見ることも事務員の大事な仕事だ。
僕はそう考えていたので、同期の女の子にピッキング伝票を作業員に持っていくように指示しました。だいぶ時間が過ぎてから、職場の上司に言われました。
「あんまり女の子に現場行かせないでね。」
その上司はやさしい人。尊敬もしていましたが、僕は次のように思いました。
そんなの分かってる。現場の雰囲気を知ってもらいたくて行かせたんだ。
それにしても、帰ってこないな…。何かトラブルかな?
作業場を見に行きました。そこには、"ダラダラ仕事している作業員"と"しどろもどろな同期"がいました。見るからに作業が追いついていない。
はい、残業確定。
でも、その作業員もこの現場に異動したばかりだったので、どう関わっていくべきか、互いにけん制し合っている状況でした。僕は前述の通り、もめごとが嫌いです。とりあえずやわらかく言いました。
「現場の作業がまわっていないときは言ってくださいね。手伝いに来ますので。」
たぶん、この程度にしか言わなかったです。
「こんな仕事できるわけないわ~(へらへら、へらへら)」
さらに、事務所の上司までかけつけて様子を見に来る始末。
こいつ、1人だらだら仕事してるせいで何人に迷惑かけてんだよ。
※「こいつ」って書いてますが年上です。
「これテキトーな順番で片付けていい?」
”こいつ”がこんなことを言い出したので、僕はぷっつん切れました。
冗談でもそんなこと言うなよ、先入れ先出しが大事な世界なんだ。
first-in.first-out!!
「自分の仕事くらいちゃんとやって下さい。あなた1人のせいで事務員何人残業してると思っているんですか?」
声のトーンはそこまで高くなかったけど、フォークリフトやトラックが走りまわる現場なのでそれなりに声量を使いました。こういう”怒りのエネルギー”使うの嫌いなんだけど。思考より行動が先走ってしまいました。まだ、敬語を使えていただけ冷静だったと思います。その後は、上司がうまく僕に便乗して、その場は穏便に収まりました。問題の作業員との信頼関係も良くなりました。あの時、僕がこころを開いたからからでしょうか。
「中村くんがあんなに(強く)言う人だと思わなかったよ」
上司にも後々言われるくらい印象に残っていたみたいです。
vs運送会社
この話も作業員にブチギレした時と同じ職場にいたときです。
精神不安定だったのかな…。いや違う。リーダーである以上引いてはいけない状況があるんです。
物流の仕事というのはインフラみたいなものです。正常に動いてあたりまえ。異常が発生した時、事務員の力が試されます。例えば、遅延、誤着、破損事故、在庫数不一致。こんな感じです。僕が在籍していた会社は、運送子会社を持っていましたが、それだけでは配送しきれないので他の運送会社に委託することが多かったです。
ある日、運送会社から貨物破損したという連絡が入りました。
「あ~、じゃあそん時の状況を報告書でください」
そのくらいです。職場には感情を持ち込まないようにしていました。一喜一憂するのが疲れる業種なんです。配送できてあたりまえ。在庫数が一致してあたりまえ。でも、人間だからミスはある。褒められても何も思わないし、怒られても何も思わない。これ、仕事の秘訣。
貨物事故が発生した時の仕事の流れは次の通りでした。
①事故の加害者からヒアリングして報告書を作成
②社内の営業担当および営業課長の印鑑をもらう
③顧客にメールで送付する
この時、いつもやっている仕事なのに①でつまづきました。いつまで経っても運送会社から報告書が上がってこない。
「あの~、いつになったら書類できるんですか?」
毎日電話しました。
「忙しいのはわかりますけど、最低○日までには提出してください。」
期限を設けました。僕も大学時代に宅配のバイトを3年やっていたので運送側の気持ちもわかります。あまり責めたくないんです。
期限を設けて口約束は取りました。でも、期日の夜遅くになっても報告書は上がってきませんでした。運送会社の事務員は明らかに年配です。おそらく40代~50代のおじさんでした。
大した事故じゃないくせに。大した書式でもないくせに。
文量でいったら30分~60分で終わる内容だろ。
ていうか、こっちの社内でハンコもらうのが一番の難関なんだよ。ここでつまづいてると営業の先輩にも、顧客にも迷惑がかかる・・・!
俺が下手にでたからって、なめてやがるな。
僕のイライラが沸点を超えました。この時は、ゆっくりぐつぐつ沸き上がる感じでした。周りの音が聞こえなくなりました。
「今日までに送ってくれるっていいましたよね?できないんじゃなくて、やる気がないだけですよね?そっちが送ってくれないなら今からとりにいきます。」
僕は仕事にマジメですね。偉いです。敬語も使えて、偉いです。
その時の顧客とはプライベートでも親交がありました。僕が岩手県遠野市でホップ栽培に携わってからも連絡をもらえるほどです。
本当にありがたい限りです。みなさん、「とれたてホップ一番搾り」見かけたら飲んで下さい♪♪
社内野球大会
これも新卒で入った会社のときの話です。よく元同僚から「何で会社辞めたの?」と聞かれますが、いまこうしてブログを書いていて発覚しました。こんなにやさしい僕が4年3か月のサラリーマン期間に3回もブチギレしたからです(笑)
前の会社では年に一回、野球大会が行われていました。東京支店、横浜支店、名古屋支店、神戸支店、大阪支店、福岡支店。合計6チームです。開催場所は毎年変わるので旅行感覚です。仕事のストレスを開放するお祭りです。たしかそのときは福岡で開催でした。それだけでウキウキです。
開催側(この場合、福岡支店)は他支店のホテルを予約する。球場を確保するという仕事があります。ですから、福岡支店以外の皆が同じホテルに滞在します。チェックインを済ませました。僕はチーム・名古屋です。仲間たちとロビーでだべっていました。神戸支店の人が声をかけてきました。名古屋支店の上司と顔見知りのようです。ひょんなことから、そのおじさんが東京海洋大学の先輩だということが判明しました。
「きみは何回生なん??」
「何回生?」そんなこと気にしたことないわ。
てか、先輩面してくんじゃねえよ。大学名がなんだっていうのさ。
「何回生とか分からないです。2014年3月に卒業しました」
「きみはアホなんやな。どの教授のコネで入社したん?」
コネ!?!?
俺にコネなんてあるなら使ってみたかったな・・・。
え!?てか、こいつ。初対面でこの言葉選びとかやばっ!!
俺の全細胞がこいつを嫌ってる。あーもう、顔も声も嫌い・・・。
てか、今まで会ってきた人たちの中でダントツ嫌いです。さようなら。
そもそも僕は大学にまともに通ってませんし、就活について誰からもアドバイスを受けずに1人で進めました。その時の記事は以下に記載済み。
(ちなみにこの写真は福岡大会の時です)
僕は完全シカトモードに入りました。こんなやつ無視。会話する価値なし。こんなの先輩じゃない。てか、こんな先輩がいるくらいだったら大卒の資格とかいらねえわ。免許返納いたします。
何を言われても答えません。会話のやる気スイッチオフ。
「おまえ腹立つなあ。ぶん殴ってええか?」
ブチィッ!!!(人生最大のブチギレです。)
このくそじじい、言わせておけば調子乗りやがって・・・。
「殴れるもんなら殴ってみろよ…」
そう言おうと思った瞬間に、名古屋支店の先輩・後輩が間に入ってくれました。僕は殴られたら殴り返すくらいの気持ちでいました。(小学3年生にして、金輪際暴力はしないと誓ったのに)
「中村、あの態度はやばいぞ。引くわ!」
先輩に言われました。
「中村さん、どうしたんですか。抑えてくださいよ(笑)」
後輩に言われました。
「あれ、俺どうしちゃったんですかね。じぶんを見失ってました…」
たぶん、今後あのとき以上怒ることはないです。
とにかく上っ面だけで関わってくる人が嫌いですし、言葉遣い(気遣い)がちゃんとできない社会人なんてクズです。あの年であの程度の言葉遣いしかできないなんて…。可哀そうな脳みその持ち主だなって思います。退職してよかった。さようなら。
運転マナー
これは特に岩手県民にお伝えしたいです。
去年もブチギレ体験ありました。次の落書きをご覧ください。
暗闇の中で追い抜きをしたコイツと正面衝突するところでした。
別に僕1人、死ぬ分にはいいんです。その程度の人生なんだ。
ただ、その時は助手席に「大切な人」が乗っていました。もし、「大切な人」だけ失った場合。僕はその家族にどう顔向けすればいいんでしょうか。
僕は運転に多少自信を持っています。このケース。最悪の場合、ハンドルを左に切って自分だけぶつかる覚悟でいますが、何しろ試したことがないのでうまくいくかわかりません。
「危なっ!ゴミクズ野郎!○ね!」
「ちょっと、そんなに怒ることじゃないでしょ」
こんな会話で済んだからよかったけど、そうはいかない場合もあります。
東京と名古屋でも運転マナーがないやつはいました。ただ、岩手は比率が高いです。こいつらこそ「井の中の蛙」です。脳みそどうなってるのか解剖してやりたいです。
最近、どうすればゴミクズ野郎共に啓発することができるか考えています。アイデアもいくつか浮かんできました。
時間をかけてじっくりあぶり出してやります。
まとめ
冒頭で「僕はやさしい」なんて言いましたが、そうでもないみたいです。
嘘ついてすみませんでした。急に沸点に達することがあるようです。
そのときは近寄らないでください。やけどじゃ済まない可能性があります。
そもそも、この記事を読んで僕のことを嫌いになった人は、もう僕に近寄らないでください。
ただ、基本何をされても笑って許せる人でありたいと考えています。小さい頃の夢は「太平洋より広いこころを持つこと」でした。お酒を頭からかけられてもシャンクスのように笑って許します。たぶん。
以上です。最後まで読んでいただきありがとうございました。