B2Bインフラ企業が挑むブランディング:地下貯留施設の迫力をPRに活用、大豊建設「UNDER RIVER」から
技術力だけではなく、それをいかに魅せるか、伝えるかが求められる──。B2B企業においてもブランディングやコミュニケーションの重要性が叫ばれています。その一方で、多くの企業では、どこから手をつけるべきか、どんなパートナーと連携すべきか担当者は悩み続けているのではないでしょうか。
土木・建設業界で70年以上の歴史を持ち、都市の社会インフラ整備に強みをもつ大豊建設も、そんな会社のひとつです。同社においても、マーケットからの要請に応える、採用現場でコミュニケーションを図るなど、さまざまな局面でブランディングが求められる中で、本腰を入れて広報PR体制強化に取り組み始めました。
これまでStory Design house(以下、SDh)では、広報PRをはじめとするコミュニケーションの専門家として、大豊建設のブランディングを支援してきました。取り組みのひとつに、大雨が降ったときにだけ地下深くに現れる幻の川「UNDER RIVER」があります。コンクリートに覆われた東京で、年々増える集中豪雨と、行き場を失う雨水。それによって生じる「都市型水害」を最小限に食い止めるために、地下30メートルに存在する地下貯留施設が使われる。そんな巨大な地下トンネル工事を手がけた大豊建設ならではのPRプロジェクトです。
同プロジェクトでは、普段はマンホールの上から窺い知ることしかできない地下貯留施設を大胆にビジュアルとして活用し、既存の土木・建設業界のイメージを一変させるようなコミュニケーションを図りました。弊社ではそのコンセプトメイキングから、動画および特設サイトといったクリエイティブの制作から情報発信までを担当しています。
「UNDER RIVER」のコンセプトやビジュアルは高く評価され土木学会「土木広報大賞2021」の映像・メディア部門で準優秀部門賞を受賞するなどの結果を残しています。
本記事では、このプロジェクトをはじめとして、B2B中心のインフラ企業がどのような問題意識のもとでブランディングに着手したか、また、施策の実行に至る体制づくりや組織内外での成果や波及効果について、大豊建設の企画本部 コーポレートコミュニケーション部 広報課長代理 幡井 千穂さんに伺います。聞き手は同社の広報PRに伴走するStory Design house・森が務めます。会社に理解を得ながら前に進む幡井さんのご活動には、B2B企業で広報PRやブランディングに従事する方の課題解決につながるヒントが詰まっています。
会社のイメージを変える「新しい表現」
── 「UNDER RIVER」プロジェクトに取り組むに至った背景を教えてください。
幡井:大前提として、「大豊建設の魅力を、すべてのステークホルダーに伝えたい」という想いがありました。とくに、地下構造物構築を可能にするニューマチックケーソン工法や、土を押さえ崩壊を防ぎながら地下を掘り進める泥土加圧シールド工法といった独自技術について多くの人に知っていただきたいと思っていました。
そのうえで、このプロジェクトを立ち上げたひとつのきっかけは、ステークホルダーから積極的なPRを要請されはじめたことです。上場会社である以上、どんな業種であっても機関投資家とのコミュニケーションは必須ですし、特に変化のはげしい現代においては、ステークホルダーに対して自社の持続可能なビジョンを示す重要性も増しています。当社はステークホルダーとのコミュニケーションを積極的に行おうと踏み出す時でした。
また、深刻な人手不足もあります。この問題の裏には、「建設業=3K」のイメージが未だに払拭されきれていないという業界共通の問題が立ちはだかっています。こうした現状を打破して人材を確保し、会社として成長しつづけるために、まずは「自分たちは何をやっていて、そこにどんな魅力があるのか」をしっかり伝える必要があると考えました。そのためには、私たちが持っている技術力の高さや、その魅力を発信することが重要なのではないかなと。
── 今回のプロジェクトは、業界共通の課題への応答でもあったわけですね。
幡井:そうですね。人手不足とも関連しますが、長く勤めてもらうためにも、どうすれば従業員に「この会社でやっていきたい」と感じてもらえるか、各社頭を悩ませているのではないでしょうか。
当社では、会社に愛情を持てる環境を従業員に提供することが大切だと考え、PRをその手段のひとつと捉えました。その際に考えていたのは、「求職者や従業員本人だけでなく、その家族や知人・友人にまで自社の魅力が伝われば、より会社への興味や愛着が高まるのではないか」ということです。この意味でも、なるべく多くの人に自社独自の魅力が伝わるようなコミュニケーションを模索し続けていました。
しかし業界内のPR事例を見ても、各社横並びの表現にとどまっていることがほとんどで、どうすれば業界のイメージが変わるような「新しい表現」が考えられるのかわからない。大手企業の一部は新しい取り組みにも挑戦しはじめていましたが、社内リソースのみで既存の枠組みから抜け出すのは困難だと感じていました。それで、以前からお付き合いのあったSDhさんに伴走していただくことになりました。
プロジェクトを成功に導いたのは、社内の協力体制
── 「幻の川『UNDER RIVER』」は、SDhが提示したいくつかのコンセプト案の一つでした。
幡井:「UNDER RIVER」は、いただいた提案のなかで最もコンセプチュアルで、これまで当社が取り組んできた延長線上にあり「自分たちがやりたかったこと、表現したかったことはこれだったんだ」という感覚だったんです。
どういうことかというと、私たちは土木の分野で、いつも非常に大規模なプロジェクトに取り組んでいるわけですが、例えば、地下の構造物をつくるのですが、完成して人々から見えているのはマンホールの蓋の部分だけです。「UNDER RIVER」では、そのもどかしさを「地下深くに流れる幻の川」という新鮮な切り口で表現できています。
「見えないところで人々を守る」という土木の魅力をこれまでにない視点から表現しつつ、大豊建設が誇る独自技術もしっかり伝えられるのがすばらしいと思いました。SDhさんには、当社の目指すところを的確に汲み取ってもらえたと感じ、嬉しかったですね。
丸投げするのではなく「自分たちのやりたいことをブラッシュアップしてもらっている」という感覚だったので、私やほかの関係者もプロジェクトを自分ごととして捉えやすかったです。社内調整がスムーズに進んだのも、そのおかげかもしれません。
── 撮影で訪れた現場の方々も、とても親切に協力してくださったのを覚えています。
幡井:おっしゃるとおりで、現場の協力体制が良い画を作ったと思っています。普段は施工現場への立ち入りは厳しく制限されているのですが、現場職員の方々の献身的なご協力で今回はほとんど制限なく撮影できました。ドローンを飛ばすことも事前にしっかり周知してもらえていたので、素敵な映像を安全に撮影できました。
実は撮影時のライティングも、現場の職員の方々が用意してくれたんです。撮影前に仕上がりイメージを伝えたところ、いつもと違う照明を準備して「このほうがきれいに映るんじゃないか」と。その結果、想像していた以上に美しい映像に仕上がりました。
── 今回のプロジェクトを進めるにあたって、苦労されたことはありましたか。
幡井:施工中の現場で撮影するということで、スケジュールがタイトだったのは大変でしたね。とくに苦労したのは日程調整です。なぜこのプロジェクトが重要なのかを各所に丁寧に説明し、協力を仰ぎました。
工事には社外の人もたくさん関わっているため、自社だけの都合では動けません。パートナー企業に理解を得ることも必要ですし、発注者とのすり合わせも必要でした。
とりわけ地下貯留設備などの公共工事は、「くらしを守る」、「防災」といった切り口での表現以外はまだまだ前例が多くありません。しかし、エンドユーザーからの理解を得るためにはプロジェクトを成功させなければいけないとの思いで、現場所長や支店の協力を得て進めました。結果、発注元の方にも取り組みの趣旨を理解していただき、スムーズに撮影・制作を進めることが叶い、感謝しています。
好循環を生み出す社内環境を、広報課が生み出せた
── 「UNDER RIVER」プロジェクトについて、社内外からの反響はいかがでしたか。
幡井:非常に多くの方から嬉しい反応をいただきました。同業他社の広報担当者の方が「写真も映像もかっこいい」「大豊建設さん、やったね」とお褒めの言葉をかけてくださったときは、とくに嬉しかったですね。
「かっこいい」という声は、社内からもたくさん聞こえてきました。クールで、なおかつわかりやすいPR実績を作ることで、広報の重要性が伝わったのか、社内の多くの人が広報に協力してくれるようになりました。建築部門からも「何かつくってほしい」という声が上がっています。
そして何より、従業員の自社イメージが良い方向に変わってきたんです。広報として会社の雰囲気を良くできているのが本当に嬉しくて、このプロジェクトに取り組んでよかったと心から思います。私自身も、広報としていっそう仕事が楽しくなりました。
── 全社的に広報の効果が及んだのですね。
幡井:そうなんです。それから土木学会「土木広報大賞2021」の映像・メディア部門で準優秀部門賞をいただきました。現場も含めたチームで力を合わせた結果が、第三者からの評価につながったと思っています。土木広報大賞は新しい賞で、この賞の存在自体が業界全体の課題感のあらわれだと思っているので、そこで受賞できたのはとても光栄です。
こういった評価を通じて、社内での広報への信頼がさらに向上しているのも感じます。「UNDER RIVER」をきっかけに、これからも社内に良い循環が生まれていけばよいなと思っています。
個人的には、コミュニケーション手段として「動画」や「LP(ランディングページ)」というかたちを選んだことで、社内外の幅広い層への訴求が実現したと感じています。「誰にでもわかりやすく、いつでも見られるコンテンツ」であることが重要ですね。今回の作品は、しっかり自社の広報ツールとして活用されていて、たとえば採用や、技術イベント出展時のPRとしても役立っています。
いちプロジェクトの成功から、コミュニケーションの充実へ
── 最後に、今後の展望を教えてください。
幡井:今回のプロジェクトを通じて、もっとコミュニケーションができる体制を整えていきたいと考えています。
目下取り組んでいるのは、コーポレートサイトと企業案内パンフレットの刷新プロジェクトです。「UNDER RIVER」をきっかけに大豊建設の魅力をしっかり伝えられるものにしたいと思っています。
── ご一緒するなかで、大豊建設さんの技術や社風、伝統など、さまざまな魅力が垣間見えました。「UNDER RIVER」に引き続き、そんな魅力をPRする新しい方法を一緒に探っていけたらと思います。ありがとうございました。
幡井:こちらこそ、ありがとうございました。今後もよろしくお願いいたします。