大きな月の日に生まれた子
私は自分の名前が好きだ。
名字も捨てがたいが、名前が好きだ。
物心ついた頃からいつも父が私に物語のように言い続けた言葉。
「おまえが生まれた日、大きな大きな月が出ててな。だから『朋子』にしたんだよ。」
見ようによっては至極単純な名前付けの動機ではあるが、
私は幼心に娘の誕生を知った父が病院の廊下を一人歩き、ふと見上げた夕暮れの窓の外に大きな月がみえている、
という情景を心に想像していたものだ。
その時父が抱いたであろう感動を自分のことであるかのように感じていた。
実際には私は生まれたばかりで、その父の姿も月も、見たのが夕方だったのかも定かではないというのに。
すでに数十年たったにも関わらず未だにそれを想像するたびに感動を追体験し、ほろりと涙が出るくらいだから相当なものである。
その話を聞いたときから月は私の友だちになった。
夜空を見上げて月をみるたびに、あ、私がいる、と親友に近い親近感を覚える。
だから新月はちょっと寂しい。
世界中どこにいても、夜になれば(ほぼ)姿を表してくれる素敵な存在から名前をつけてくれた父。
私は人生最後の夜までその感動を味わい続けるのだろう。
ただ私の人生にもれなくついてくるのがオチである。
父に「大きな月」と言われて私は勝手に満月を思い浮かべていたものである。
10年ほど前にメキシコの友人が、当時彼がはまっていた「生まれた日時の惑星や星の動きから人生を占う」というプログラムを試させてくれ、というので、占いを信じない私ではあるが付き合いでやってもらってみたところ、
なんとその日は満月ではなかったことが発覚。
満月の一日前だったらしい。
そうだよね、お父さん。
あなたは一言も「満月だった」とは言ってなかったよね。
ウップス。
しかもこのはやとちりの性格とそれをベースにして冥王星のように時折非常に強い衝動にかられて行動に移しては
すぐに周りに消火されるという生まれ持った性格もまた、そのプラグラミングには反映されてるというのだから、
こうなるともはや笑い話である。
とにかくも、そんなオチを一人地上でやらかして勝手にウップス言ってる私をいつも見守ってくれているお月様。
いつも励ましてくれてありがとう。
そしてお父さん
素敵な名前を本当にありがとう。
この感動をいつか伝えられるといいな。
それまではお酒も控えめにしてずっと元気でいてね。
もしかしたら父も満月だったと信じてるかもしれないから、
本当はそうじゃなかったということだけは私だけの秘密にしておくね。
いつまでもフウテンな娘より
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