新歌舞伎版「風の谷のナウシカ」初日
12月6日、東京・新橋演舞場で公演が始まった新歌舞伎「風の谷のナウシカ」の初演を見に行った。宮崎駿の原作漫画は徳間の「アニメージュ」で1982年から延々と12年間連載した長編で、84年に公開されたアニメ版「風の谷のナウシカ」は、まだ連載開始からほどない時期だったため、冒頭部分のエピソードから構成されており、長編全体のごく一部にすぎない。そのアニメから35年目でとうとう歌舞伎化された今回の上演は、その全編を昼の部と夜の部の通し狂言で見せるというのである。
80年代にアニメ版を見て宮崎駿の世界(当時、まだ制作プロダクション「ジブリ」はなかった)に魅了された子どもたちも、いまや40代以上。歌舞伎を楽しめる年齢になっているから、それを歌舞伎にとりこむというチャレンジは興行的にも成功が見込める。一足先に人気コミックス「ワンピース」をヒットさせた市川猿之助のスーパー歌舞伎に刺戟されて、貪欲にコミックスを取り込む歌舞伎界の活況はなかなか見上げたものと言える。
上に掲げた写真は、この公演用に特注された舞台の幕で、映画のタイトルロールの壁画を染め上げたものだ。てっぺんにメシアの予言「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」の絵が描かれ、アニメ版ではそれがクライマックス・シーンとなっているが、歌舞伎版は前半の3分の1程度でそこに到達してしまう。5年越しの夢を実現させナウシカを主演する尾上菊之助は、単にアニメ版をなぞるだけではなく、あくまでも歌舞伎の様式を維持したままアニメをも歌舞伎化できることを示そうとしたかに見える。
中村七之助演じるクシャナとともに、その衣装もコスプレではなく、歌舞伎の和装のバリエーションとしてデザインされている。そりゃそうだろう、42歳の菊之助がいくら女形の容姿に恵まれているとはいえ、秋葉原のコスプレみたいな装いで飛び出してきては、ちょっと気持ち悪い。女形は衣裳こみの芸でもあるからだ。
ナウシカが自在に空を舞うグライダーのような「メーヴェ」、そしてピストル型の「ガンシップ」など、宮崎駿好みの飛行体をどう舞台化するかは、演出のGⅡも頭を絞ったろう。澤瀉屋一門が得意とする宙づりを使うことは予想できたが、さすがにアニメのダイナミズムを要求するのは酷で、初日ゆえか菊之助もメーヴェに乗るのは恐る恐る。体を横に倒すのもいくら腰をケーブルで吊ってあるとはいえ、見ているほうがハラハラする。
案の上、公演3日目の8日昼の部で、菊之助が花道で乗っていたトリウマがつまずいて転落、左ひじを亀裂骨折する怪我を負った。同日の夜の部は中止、9日から登場するというが、大立ち回りなどは大変だろう。
水をたっぷりつかった大立ち回りや、義太夫や三味線独奏などとにかくテンコ盛りだったうえ、声だけの出演に「王蟲」の市川中車(香川照之)。むろんNHK「昆虫すごいぜ」にカマキリの着ぐるみで登場、大の虫マニアであることを世に知らしめた異色の歌舞伎役者(先代猿之助、現猿翁の長男)だけに、まさにファンの期待に応えての役だ。主役ナウシカがあまりに理想のケナゲ少女像すぎるだけに、歌舞伎の魅力である敵役の生彩を放つのは、クシャナの中村七之助、歌舞伎の隈取で現れるドルク皇弟ミラルパの坂東巳之助、そしてクシャナの参謀ながら裏切りを見破られるクロトワの市川亀蔵である。
七之助は弁天小僧のような凄味のある女形を演じさせたら当代一、クシャナのような兄たちや父との修羅を背負った闘将の王女がよく似合う。歌舞伎の見得も決まっていて、ほとんど菊之助を食いかねない勢いだった。
他日に見る予定の後半、夜の部を菊之助は無事つとめられるか。