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最終面接で好きな食べ物を聞かれた

「好きな食べ物は何ですか?」

一瞬、自分の耳を疑った。社会人3年目。ここは会社の会議室。問いかけて来たのは、グループ会社の代表。私は今、転職活動の最終面接を受けている。

アイスブレイクですら使われないような話題だったが、動揺が心の中に留めた。生活レベルを見られてる?それとも本当に純粋に私の好きな食べ物が知りたい?「好きな食べ物」を聞かれたのは、新卒の時に同行した外出で話題に困り果てた上司が苦し紛れに聞いてきた時以来だ。

「カレーです」

色々な考えを巡らせたが、素直に答えた。好きな食べ物を聞かれると答えに窮していたが、20数年間生きてきた中であまりにもカレーを食べたくなる瞬間が多すぎて、カレーが好きなことに自信を持てるようになった。

「どんなカレーが好きなんですか?」
「母親が作る実家のカレーです」

試されているのでは?という感情が一瞬脳を通り抜けたけれど、これには即答できた。そう、私は実家のオーソドックスなカレーが大好きなのだ。口に出して答えてみると、実家のカレーのことが頭から離れなくなった。

***

小学生の時、毎週水曜日はいつもカレーだった。
同時に、水曜日は父親が早く帰ってくる日だったから、私にとって水曜日は2つの楽しみがあった日だった。

我が家のカレーは普通のカレーだった。凝ってスパイスから作り出すわけでもないし、特別な隠し味があるわけでもない。人参、じゃがいも、お肉、玉ねぎを煮込んでレシピ通りにつくるカレールーのCMやレストランの店先に飾ってあるサンプルのような、本当に普通のカレーだった。

でも、私はその普通のカレーが好きだった。

これぞカレーという味が大好きで、母親が「飽きているんじゃないか」と気を利かせてトマトカレーやシーフードカレーを作ってくれた時は、態度には出さずとも心のなかでちょっと落胆していた。

「今日の夜ご飯はカレーだから早く帰ってきなね」

そう言われた時はまず、「普通のカレー?」と聞いた。普通のカレーだった時が一番嬉しくて小躍りしていた。(本当に踊っていた)

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社会人になり、一人暮らしを始めた。
自分でカレーを作ることはなく、たまにコンビニやレトルトのカレーを口にしてもカレーを食べたという実感はあまりなく、「腹を満たしたな」という満腹感が残るだけだった。美味しいと話題の創作カレーや老舗のカレーもほぼノータッチだ。母親にレシピを聞けばその通りに再現できるのだろうけれど(なにしろ普通の味だから)、自分のために作ってもなと思ってしまう。

そして、年末に実家に帰り、家族が全員揃うと母親は必ずカレーを作ってくれる。当時、我が家で一番喋り倒していて食べるのが遅かった弟は、今は一番に食べ終わり部屋に引っ込む。あの時一番食べ終わるのが早く、そそくさと部屋に戻っていた私は、今はビールと一緒にゆっくり食べ、お皿が空になっても両親と話し、実家でからしていた時以上に笑っている。

環境や性格が変わっても、カレーの味は変わらず、ずっと普通の味だった。

今思い返すと、水曜日は父親にとってノー残業デーだったのだろうし、人数が増えても量が調整しやすいように母親はカレーにしていたのだろう。

そんな生活の辻褄合わせで水曜日に作られた実家のカレーが、私は一番好きだ。


P.S.後日、面接いただいた企業からは内定の連絡をいただいた。実家のカレーのおかげで転職できた。

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