1人旅をする理由
先日滋賀、岐阜へ1人旅に行ったわけですが、1人で遠出をしたのは実に9カ月ぶりだ。もっと頻繁に出かけたいと思う反面、なかなか重い腰が上がらない。大の旅行好きでもないくせに、僕がお金と時間と労力を使って1人旅をする理由は何なのだろう。
単純に、同じことの繰り返しである日常への飽きは考えられる。身体を知らない土地に持っていけば新鮮ですからね。それだけでは旅行というより移動ですが。ほかにも、ルーティンという一定の流れから抜け出したいという欲求もありそうだ。決められたスケジュールに沿って機械のように労働、食事、睡眠を繰り返す毎日。身の回りの管理、ニュースチェックなども含め、日々大量の情報を追うのに手一杯だ。川に流されたまま息をつく間もない。だから、一度その流れから離脱したいのだ。たとえ県外に行ったとて、そこには僕の日常とほぼ変わらぬ時間が流れているだろうし、スマホを開けばオールウェイズX丁目の眩いサイケデリックに飲まれる。いたって普段通り。けれど、いつもとは見える景色も吸い込む空気も違う。たったそれだけのことで、気分とはこうも簡単に切り替わるものなのだ。
僕にとって、1人旅の最大の醍醐味は未知との遭遇だ。特に、旅先で出会った現地の人、または同じく旅の者とコミュニケーションを交わすのが好きだ。その場で出来上がった即席の人間関係は、面倒な裏事情を介さない。「あんまり自分のことを話しすぎると後々厄介かもしれないな…」「ひとまずこの人と仲良くしておけば、自分の身が危ぶまれることもないだろう」とか。あくまでその場限りの関係なので、そういう人間関係の複雑な政治が発生しない。最低限のモラルを遵守した上で「まあ、最悪今日1日だけの関係だし」と割り切って会話できるのがラクなのだ。
僕は寂しがりやなくせに、人間関係にうんざりすることも多いアンポンタンなので、旅先でのワンデーフレンズは都合がいい。言いようによっては出会い厨みたいで気持ち悪いのですが、袖触れ合うも多生の縁とか一期一会とか、清廉潔白度の高い言葉で誤魔化しておこう。
寒さが厳しく、そして寂しさの際立つ季節がやってきます。人肌の温もりで暖を取るため、また近いうちに1人旅へ出かけてしまうかもしれない。