第46話「失恋、未熟だった男」
川島さとみは、カツヒロとデートした2日後にユナイテッド航空から内定通知を受けた。そして、7月29日からシカゴで5週間とシンガポールで1週間のトレーニングを受けることになっていた。
「ねえ、カツヒロ君、聞いてくれる。私、ユナイテッド航空から内定もらったよ。」
電話口からさとみの喜びと戸惑いの声が聞こえて来た。
「え、本当に。すごいじゃん。おめでとう。」
カツヒロは、一瞬驚いたが、一緒にクルーを目指してきた仲間がそのスタートラインに立てた事が素直に嬉しかった。
「うん、ありがとう。」
「でね。7月29日からシカゴに行くので、しばらく会えなくなっちゃうの。カツヒロ君は、7月22日からイギリス10日間の旅の添乗に行くんでしょ。」
「うん。そうだよ。8月後半までは、暇だから添乗員のアルバイトをしてお金を貯めようと思って入れたのだけど・・・。そうなると、7月21日にデートするとして、そこからずっと会えなくなっちゃうね。」
「う~ん。そうなんだよね。折角、カツヒロ君が日本に一時帰国している間に、いっぱいデートしたかったのに・・・。」
「俺も、さとみともっと一緒に過ごしたいけど、さとみがクルーに成れるんだったら、応援するよ。シカゴには行けないけど、シンガポールなら会いに行けるよ。トレーニング中はメールで励ますから、まかせておいて。」
カツヒロは、残念な気持ちもあったが、それより彼女を全力で支えて、立派なキャビンクルーになって欲しいと心から思った。
「ありがとう。じゃあ、21日楽しみにしているよ。」
21日に二人はデイズニーランドで一日デートし、カツヒロは翌日のイギリス添乗に備えて成田のホテルに前泊する事に。さとみが一緒の部屋に泊まると言ったけど、ホテル代はツアー会社持ちだったから、その願いは却下された。カツヒロはさとみを舞浜駅まで送り届け、その後、自家用車で成田のホテルへ移動した。
「やっぱり、ホテルに誘っておくべきだったのだろうか?」その晩、悩んだけど。今、焦って体の関係を求めたら、何か大事なものを失いそうで、そうすることができなかった。少なくても6週間は会えないのに。
6週間後、カツヒロはシンガポールへフライトした。目的はさとみとの再会だ。さとみは、厳しいCAトレーニングをパスして、シンガポールで実機訓練を終えたばかり。いよいよ1週間後からフライトが始まる段階だった。
カツヒロは、さとみの引っ越しを手伝った。ステイ先のカールトンホテルから、スーツケースをタクシーに乗せ彼女が3人でシェアするというマンションに運んだ。チャンギ空港から車で15分ほどの場所にある高層タワーでセキュリティーがしっかりしている。同じタイプのマンションが3棟並んでいる入口には、守衛室があり常に出入りする人間を確認していた。
さとみは自分の気持ちを試していた。自分が本当に好きなのはカツヒロなのか?それとも、まだ元彼の事を忘れられないのか?
この6週間はトレーニングが忙しくて、じっくり自分の気持ちに向き合う時間もなかったけど、ようやく全てのプレッシャーから解放された時に、今の自分の気持ちにしっかり向き合いたいと思っていた。
2日間、二人は一緒に過ごした後、さとみはカツヒロと別れるかれる事を選択した。
「カツヒロ君、本当に今まで応援してくれてありがとう。トレーニングで苦しかったけど、いつも前向きになれたんだよ。」
「それは、どういたしまして。」
カツヒロは誇らしげに答えた。
さとみは、感謝を伝えたあと、下を向いた。次の言葉を言うのがとても言い辛い。しばらく、沈黙が流れる中、カツヒロは優しい表情で彼女に問いかけた。
「どうしたの?何か元気がないけど?」
「うん。実はね。こんなことを言ったらあなたを傷つけてしまうのだろうと・・・」
さとみは、相変わらず下を見たまま、ボソボソと話をしている。
「いいよ。なんでも正直に話して。」
「うん、だけど・・・。」
「大丈夫、なんでも受け止めるから」
カツヒロは一瞬、悪い予感がした。次に彼女の口から出てくる言葉が二人にとって、とてつもなく大きな意味をもたらすような気がした。
「実は私、まだ前の彼の事が好きなんだ。カツヒロ君と付き合い始めた頃は無理やり彼の事を忘れようと、自分の気持ちに嘘をついていたの。」
「えっ、そうなの。」
一瞬耳を疑いたくなったが、逃げてはいけない。俺の何処が不足なんだろう。そんなに元彼が魅力的な男だとしたら、俺は単なるピエロなのか?
「それとね、私、大事な人と離れて暮らすのが出来ないダメな女なの。このまま遠距離恋愛を続けて行ける自信もなくて。彼氏にはずっと側にいて欲しいから・・・。カツヒロ君は、またニューカッスルに戻るんでしょ。」
さとみは、涙こそ流していなかったが、本当に申し訳なさそうで、とにかく目を合わせることが出来ない。
「うん。明日、日本に帰ったら直ぐに大学に戻って卒論の制作を始めるつもりだよ。がんばれは3か月で書き上げられると思う。」
「そうなんだ。私はこれからシンガポールに住んで、成田との往復便を乗務するんだけど、イギリスまでフライトするのは難しいと思うの。」
・・・。
何となくカップルになり、このままうまく行くものだと勝手に思っていたカツヒロは、しばらく失恋のショックを隠せなかった。
6週間前のカツヒロは、浮かれていた。 自分の彼女がUAの現役CAになるんだ。「うわー、俺、ついに彼女がキャビンアテンダントだって。浮かれて、誰かに自慢して、うらやましがれたい。」そういう、自分勝手な妄想やエゴだけが、日に日に大きくなっていた。
こんなに好きで、こんなに彼女の事を支えて来たのだから、さとみは自分の事を好きになって当然だ。なのに、今、自分はその彼女に裏切られた。 「なんて、かわいそうな犠牲者なんだろう?」と都合よく解釈していていた。
今、振り返ればあの時のカツヒロは、余裕がなかった。
自分の気持ちを伝えることは出来ても、彼女の切なく苦しい女心を、理解するだけの男としての度量が圧倒的に不足していた。ある面、それまで恋愛の一人相撲を取っていたのだ。
やっと見つけた最愛のモノが自分から離れて行くことが怖くて、それを受け入れたく無いだけのわがまま。自分が愛だと思っていたモノは、本当の愛ではなく、相手の気持ちを理解しない一方通行の情熱。
パッション(情熱)は少なすぎてもダメだが、多すぎるパッションは相手を傷つける。時間がある程度経ってから、カツヒロはその事に気づいた。
そう言えば、さとみは「カツヒロ君は、別れた女性ともその後、仲良くなれるタイプ?」と聞かれた事を思い出した。
その質問の本当の意味は、あなたと別れる事になっても、ずっと仲良くして欲しいと言う彼女の思いだったのだろう。今までたくさん自分の事を好きになってくれて、いっぱい助けてくれたあなたに感謝と尊敬の気持ちをもっていたいと言う意味なのかも知れない。
カツヒロは、ニューカッスルに戻り、修士論文を書きながら、さとみに手紙を送った。そして、その手紙の最後に「お互いの関係を赤ワインのように寝かせてみよう。」と書いた。その赤ワインは、まだ十分に成熟していないから、酸味が強かったらり、コクが不足してる。だけど、お互いが成長して大人になったら、きっと美味しい赤ワインを味わえる日が来ると思う。
俺も絶対にフライトアテンダントになるぞ。そして、その夢が実現したら、何時かさとみに感謝の言葉を伝えたい。
そう思いながら、イギリスで過ごす3度目の冬を乗り切った。
つづく。
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