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第42話「ノーザンブリア大学に進学」

1996年の12月からカムデンタウン(Camden Town)に引っ越した。今度の住所はアルバイト先、Tokyo Dinerが提供するスタッフ寮。ここの寮は社員ではないカツヒロのようなアルバイトであっても家賃を払えば住むことができる。その家賃はひと月たったの50ポンド。当時の為替レートで8,500円ほどだから、貧乏留学生にとっては非常にありがたかった。

更に嬉しかったのは、ナイトバスでの移動距離が3分の1に減り、遅い時間でも他のスタッフと一緒に帰宅出来るから安全面でもメリットが大きい。レイトンストーンに住んでいた頃は、もしもの時のために護身用のアーミーナイフを持っていた。繁華街での夜の一人歩きは危険だから、もし襲われた時のために、20ポンド札を数枚用意しておいた。実際にそれを使った事はなかったが、金品を要求された時は素直にそれを渡して逃げる事を考えていた。

それから半年ちょっと学校、アルバイト、ボランティア活動で忙しい毎日だったが、それぞれの場所で英語力を鍛えてきたおかげで、97年の5月に受験したIELTSで総合6.0ポイントを取れた。また同時期に受けたTOEICでも自己最高点の800点までスコアが伸びた。かなり英語力も身についたので、去年と同じように8月末で帰国して、稲刈りを手伝う事にしようか?      と考え始めたある日、久々に寄った日本人向けの本屋で海外大学留学マニュアルと言う本を見つけた。何気なくページをめくって行くとイギリスの大学特集と言うのを見つけた。

立ち読み

良く読んで見ると、イギリスの大学院は基本的に受験がなく、推薦状二通、personal statement(志望動機と自己アピール)、レジュメ、IELTSのスコアによる書類審査が全てと言う事が分かった。

俺、もしかしたらポストグラデュエート・ディプロマコースに入れるかも知れない。日本の大学は出ていないけど、2年生の専門学校を出ているからレベル4の準学士(Associate degree)はクリアしている。それに、東急観光で約3年間の実務経験があるから、関係する分野で一定期間の就業経験が認められるとレベル5の学士と同等扱いになる。IELTSのスコアも最低ラインの5.5は達成できているからTourismコースなら入学基準に達している。

カツヒロはその本を購入してじっくりと内容を精査した。

問題は学費かな?Post graduate diplomaとMA(修士号)コースの学費は180万から200万程度かかる。更に生活費を月8万円としたら1年半でざっくり150万円、そうなると少なくても300万円は必要だ。上手く行けばアルバイトと両立できるかもしれないけど、初めからアルバイト代を見込むのは危険だ。 貯金はあと150万円あるけど、それだけでは足りない。

もう社会人だから親には頼れないけど、出世払いで300万円貸してもらおうかな?

カツヒロは、両親に国際電話をかけて、イギリスの大学院に進学したいと相談した。すると予想外の回答が帰って来た。

「カツヒロ、実はね。亡くなったおじいちゃんが、あなたの為に残してくれた定期預金があるの。それを使ったらいいわ。」

「本当に。いくらあるの?」

「額面は100万円の郵便貯金だけど、2本あってね。一番金利が高かった頃に作ってくれたようで、7.5%の金利で10年満期だから税金を引かれても、合計300万円以上になると思うよ。」

「え、そんなにたくさん残してくれたんだ。

カツヒロは涙が出そうなくらい嬉しかった。祖父はカツヒロが17歳の時にガンでなくなったのだが、明治生まれの厳しい人で、子供の頃は良く叱られた。二人の姉達も同じだったが、祖父は子供達に田植えや稲刈り、山仕事などを無料で手伝わせていた。

そういう思い出があったので、亡くなるまで祖父の事はあまり好きでなかった。だけど、今、思い返せば祖父は長男で跡取りとなるカツヒロに大きな期待と愛情を注いでいたのだと。だから、厳しく育て上げた。そのおかげで、カツヒロは忍耐力も付いたし、家族が一団となって助け合う大切さを身をもって体験した。

よっし、お金は何とかなる。あとはやって見るだけだ。         

「お母さん、ありがとう。今年も8月終わりに一時帰国するから稲刈りは手伝えると思うよ。」

「そう。分かったわ。くれぐれも体に気をつけてね。こっちは、お父さんと二人で元気にしているから、心配しなくても大丈夫からね。」

早速、次の日にトラジャルの先生に推薦状の作成をお願いした。それから英文の卒業証明書の取り寄せ依頼を済ませた。ダメモトだけど、Tourismコースのある3校に応募してみた。

7月中旬に入り、最初の結果が届いた。名門のサリー大学(University of Surrey)からだ。サリー大学は1891年に創立されたイギリスの公立大学で、サリー州ギルフォードに位置している。ロンドンからは電車で南に40分程の距離。観光学やホスピタリテイ分野ではイギリストップで、世界大学ランキング10位以下。カツヒロの第一志望の大学だ。

届いた結果は、条件付きの合格。その条件と言うのはブリッジコースと呼ばれる1年間の入学予備コースを受ける必要があると言う事だった。ブリッジコースでは英語力の強化と専門分野の基礎知識を学ぶ必要がある。

うーん、ブリッジコース付きだと、あと200万円は必要だ。厳しいなー

次にイギリス北東部、ニューカッスルにあるノーザンブリア大学(University of Northumbria)から、結果が届いた。こちらは条件無しの合格だった。

よっし、やったぞー。とりあえず、一校は合格だ。

もう一校、願書を送った来た北ロンドン大学(University of North London)からは、8月に入っても返事が届かなかった。

カツヒロは、8月中に語学学校とTokyo Dinerを止め、一度日本に帰国した。そして、9月10日過ぎからノーザンブリア大学のTourism Managementコースに入学する為にニューカッスルに引っ越した。


つづく。

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