第26話「入社式は紅白歌合戦の会場で」
バブル経済が崩壊し、世の中が不景気になり始めた1993年4月2日。東急グループの合同入社式がNHKホールで行われた。
渋谷を拠点とし大手私鉄の一角をなす東急電鉄グループは、その当時、東証一部上場企業だけでも二けた近くが存在した。カツヒロが入社する東急観光㈱も、グループの中核をなす企業の一つとしてその中に入っていた。
会場には東急電鉄を筆頭に、東急不動産、東急建設、東急デパート、東急ストア、東急ホテル、東急リゾート、東急観光、日本エアシステム、東急ハンズなどの新入社員が一堂に集められ、およそ3,000名の新入社員に対するグループ合同入社式が行われた。
「うわー、すげーな。ここ紅白歌合戦の会場だぜ。」カツヒロは、人事部から送られて来た入社関係書類を見て驚いた。どうやら東急グループ全体の入社式が渋谷のNHKホールで行われることが、書いてあった。そのことが、すごく嬉しくて、少し興奮気味にその事を両親に伝えた。
「お父さん、お母さん、俺の入社式、あのNHKホールだって。」
父親のマモルはTVでニュースを見ていてそれほど興味を示さなかったが、母親のマキの方は料理をする手を止めた。
「すごいわね。やっぱり大きな会社だから会場も大きいんだ。よかったじゃない、そんなスゴイ会社に入れて。」と目を大きくして喜んでくれた。
「あとね、入社式の後、1週間泊まり込みの新人研修があるみたいなんだ。」
すると「おう、そうか。やっぱりしっかりした会社だね。この不況下でも社員教育に時間とお金をかけられるだから大したものだ。」マモルも嬉しそうだった。
「うん、山中湖にグループの宿泊施設があって、そこで、4月2日から4月9日まで、みっちり研修プログラムが組まれているから、配属先の千葉支店には12日から出社になる予定みたい。」
「そう、じゃあ10日近く不在になるのね。ちょっとだけ、寂しくなるけど、しっかり研修頑張りなさいね。」マキは少しだけ心配そうな顔をした。
午前中にNHKホールで入社式を終えた東急観光の新入社員は、各自、昼食を済ませ、徒歩で渋谷駅の東急ホテルへ移動した。そして、もう一度13:30からホテルのバンクエットルームで、東急観光単独の入社式が行われた。
入社式をやってもらえることは、とても光栄なことなのだろうけど、めったに会う事もない社長や関連企業などの来賓の挨拶をずっと聞かされるのは退屈だ。
カツヒロは、社長達らのスピーチは適当に聞き流し、その代わりに340名の同期社員の様子をウォッチしていた。前の方の座席で、いかにもまじめそうな奴が社長の挨拶中、ずっとメモを取っていた。
「すげーな。新聞記者でもあるまいし、いくら社長のスピーチだからって、そこまでやる必要はないだろう。あいつは、ああやって自分をアピールしているのかな?」
社長の挨拶は、何だかんだと20分近くに及んだ。その中で一つだけ気になった点があった。それは、東急観光はトップ3、JTB,近ツリ(近畿日本ツーリスト)、日旅(日本旅行)に追いつき、追い抜く事は目指さず、当面は業界4位の地位を維持することを目指すというものだった。
「うーん、何で1番を目指すとか、数年後は業界トップになる。」のような、うそでも社員の士気が上がるようにことを言わないんだろう?「4位の位置を死守するみたいな」ちょっとがっかりするような事を入社初日の社員に向かって言うのが堅実な経営なんだろうか?
その時は知らなかったが、東急観光の社長と言うのは、生え抜きの社員がやらせてもらえるモノでなく、グループのトップ、つまり東急電鉄から送られてくると言う事を知った。任期は大体3年で、それが終わるとまた電鉄に戻されたり、他のグループ企業の役員をやったり、引退したり、顧問や相談役などの名誉職になると言う暗黙の流れが決まっている。だから、この社長も無理に業界トップ企業を目指すようなガンガン攻めまくるような無茶な事をせず、現状維持が出来れば良いと思って本音を伝えていたんだと思った。
社長の挨拶が終わった後、司会の男性が「誰か質問はないか?あれば挙手でお願いします」と聞いて来た。一瞬、会場は静まり帰ると、さっきまでメモを取りまくっていた彼が手を上げた。
彼は同志社大学出身の佐藤将と名乗り、その後「東急観光がいかに素晴らしい会社で、自分が今日、その一員になれたことを誇りに思っている事」を伝え、最後にVITAと言う東急観光と阪急交通社が共同で立ち上げた海外旅行ブランドのコンセプトについて尋ねた。
すると社長は少し困った顔をしたが、自分より詳し人間がいるから、その人間から説明してもらうが良いか?と尋ね、海外旅行事業本部長の谷に説明を譲った。
「先ほど、社長よりご紹介頂いた海外旅行事業部の谷です。ご質問のVITAについてですが、これまで東急観光が販売して来た自社主催旅行商品のトップツアーに加え、更に上のランク、上質な旅行商品と言うコンセプトで今回、新しくVITAを立ち上げました。VITAと言うのはイタリア語で人生、命、生活を意味する言葉です。又、VITAを日本語で反対から読むとタヴィ(旅)になり、旅とは人生、命、生活そのものと言う意味も込められています。」
ここで、谷は一息つき、
「これからの時代は、あわただしく海外の観光名所を点々と周る旅行商品だけでは、海外旅行にも慣れている富裕層のマーケットでは勝ち残れません。だから、このVITAは宿泊するホテルや現地で手配するバスのグレードにもこだわり、少人数で移動の少ない一都市又は一か国滞在型の旅行商品を揃えています。ベテランの添乗員を配置し、食事や現地でのオプショナルツアー対応もしっかりと答えられる体制にしています。」
カツヒロはVITAの添乗員に成れれば、世界中の高級ホテルに泊まったり、ミシュランの星付きレストランで食事出来たり出来ると妄想を膨らませていた。もし、行けるんだらイタリアやギリシャ、スペインの世界遺産を周るツアーに添乗したい。ローマのコロッセオ、アテネのパルテノン神殿、グラナダのアルハンブラ宮殿、バルセロナのサクラダファミリア...。トラジャルの海外観光地理の授業で学んだ思い出の場所が頭を巡った。
「佐藤さん、よろしいでしょうか?」司会の男性が尋ねた。
「ありがとうございます。VITAの名前の由来も教えて頂き、本当に感激しました。」佐藤は満足そうな顔で深々と一礼した。
つづく。
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