第24話「ノリノリ外国人と七夕祭り」

1991年6月20日。カツヒロは、外国人らと共同生活を送るTokyo English Centerのキッチンで夕食を作っていた。

今日の晩ご飯はインスタントラーメンと野菜サラダ。ラーメンには刻んだ玉ねぎと人参、それに茹で卵を一つ加えた。サラダは千切りキャベツとレタスにトマト、シーチキンをトッピングして、最後にマヨネーズをかけただけの、いたってシンプル。

案外、料理するのは好きだったから、朝食とお弁当も作るようにしていた。男子学生でお弁当を作る習慣がある人は少ない。皆、学校近くの定食屋で食べたり、コンビニや弁当屋で買って来るのが普通だった。

カツヒロにしてみれば、弁当を作れば生活費も安く抑えられるし、弁当を作ってくる女子達と楽しくランチが出来るから、そのグループに入れてもらうためにも、頑張って毎日、弁当を作った。

お弁当

※acworksさんによる写真ACからの写真

夕食が終わると、直ぐに食器と使用した料理道具を洗い、布巾で水分をふき取ってから所定の場所にもどした。カツヒロにしてみれば、ごく当たり前のことだが、残念ながら、全く洗い物をせず、流しに置き去りにする住民も多い。

初めの頃は、あまりにも、やりっ放しや食べ残しが多くて、文句を言いたくなった。だけど、現行犯でその住民を捕まえないと注意出来ない。仕方なく、カツヒロはそういう、やり残しモノも代わりに洗ってあげた。


日本人9人、外国人9人が共同生活をするこの場所に、カツヒロが引っ越して来たのが、3月末だから、かれこれ3か月近くが過ぎた。

最初のルームメイトだった、アメリカ人のジャックは2週間前に突然いなくなってしまった。理由は、なんと夜逃げだった。5月末の時点で家賃を2か月分滞納していたジャックは、オーナーのケンから、再三、支払いの催促をされていた。

他の住民の話だと、ジャックは二階の窓からバックパックや布袋に詰めた荷物を外にいる友人に受け取ってもらい、そのまま窓から飛び降り、ケンに見つからない様に逃げていったと言っていた。

ジャックは、イケメンで日本語も多少喋れたから、そっちゅう日本人の女の子に家に泊まっていた。だから、ルームメイトのカツヒロと一緒に部屋で過ごした時間は少なかったけど、やっぱりいなくなると寂しい。

もう一人のルームメイトのカズヤは一度、ジャックとつかみ合いの喧嘩になり、その為、ニュージーランド人のサムの部屋に移った。喧嘩の原因はそれぞれ言い分があるのだろうが、どちらの肩を持つつもりもない。その結果、3人部屋を2人で使えるようになったからラッキーと思った。

Tokyo English Centerは独立したシングルベットと2段式のシングルベットが用意された個室が12部屋ある。原則、それぞれの部屋に日本人と外国人が最低1人ずつ入り、定員は3人。日本に住む外国人にとっては、日本語の練習、反対に日本人は英語の練習が出来るシェアハウスと言うのが売りだ。


カツヒロは、夕食を食べ終わると、隣の部屋に行きオーナーのケンに声をかけた。

「ケンさん、こんばんは。」

「おー、武藤さん。こんばんは。どうかしましたか?」

「実は、7月7日にリビングルームで七夕パーティーをやりたいと思っているのですが、大丈夫でしょうか?」

「へえー、面白そうですね。別に構いませんよ。」

「そうですか、ありがとうございます。折角なので住民の皆に声をかけて、親睦会にしたいと思っているので、ケンさんとユリさんも是非、参加して下さい。」

「うん、わかった。それは楽しみだ。」

ケンはあっさりOKしてくれた。さらに、ケンは当日、焼き鳥と鍋料理を作ってくれることになった。他にも皆で食べ物と飲み物を用意する事になった。

「よっし、先ずは第一関門突破」だ。

次にカツヒロは、仲のよいハスミとカヨコに声をかけて、七夕パーティーの飾りつけを手伝ってもらう事にした。

前日の夜、カツヒロはハスミを誘って笹と短冊を用意した。

「ねえ、カツヒロ。」

ハスミが声をかけて来た。何だか、企んでそうな雰囲気だ。

「何ですか?」

カツヒロは少しぶっきらぼうな感じで返事をした。

「多分、日本人住民には短冊の意味は説明しなくても大丈夫だけど、外国人組には、何って言って説明したらいかな?」

「うーん。Write your wishで良いんじゃない?」

ハスミは、あまり納得してない様子。

確かに、Write your wishで"願い事を書いて”と言う目的は伝えられるけど、それだけじゃ、何のために願い事を書かなければいけないのか?彼らには伝わらない

「うーん、それだけ?折角だから七夕が何なのか?短冊も含めて、ちゃんと説明した方が良いと思うの。カツヒロそれをやってよ。」

なるほどね、ハスミがカツヒロに期待していたのが、何かようやく理解できた。だけど、オーストラリアに10か月の留学経験があるとは言え、俺の今の英語力じゃ、多分無理だろうな。

カツヒロは少し困った顔をして「じゃさあ、住民の誰かに頼んだらいいんじゃない。」と逃げた。

「誰が良いと思う?」

「そりゃー、住民の中で一番、英語が出来る人は、やっぱり、丸川さん?現役東大生だから。」

「そうね、丸川さんか、ユウジ君に頼んでみよう。」


結局、丸川は捕まらず、ユウジも無理だと言い出して、仕方なくカツヒロは学校の英語の先生に相談した。そしたら、先生が日本の文化を外国人に伝える際に使っている本があると言って、そこから引用させてもらった。

※七夕とは、中国の伝説では牽牛星(アルタイ)と織り姫星(ベガ)という二つの星は恋人同士でしたが、織り姫が恋に夢中になり織機の仕事をなまけたため、神様が二人を天の川で隔ててしまいました。彼らが1年に一度だけ会えるのが、7月7日の夜なのです。これが七夕祭の起源で、この日に人々は願い事を色とりどりの短冊に書いて笹の葉に結びます。
※According to Chinese legend, the Weaver star (Vega) was so lovesick for the Cowherd star (Altair) that she neglected her weaving, causing the god to put the Milky Way between them.The only time they can see each other when people write their wishes on strips on colored paper, and hang them on the branches of leafy bamboo stems.

翌日、Tokyo English Centerでは、19時から七夕パーティーが開催された。

Tokyo English Centerで一緒に暮らす外人達は案外ノリが良い。カナダ人のフィオナとイギリス人のサラが浴衣姿でうちわを持って現れ、よくわからないけど、Bon dance(盆踊りもどき)を披露し始めた。

二人は日本で英語を教えていて、日本語も上手い。特にフィオナは日本人生徒のマネしますと言って、一言ぽつり

「ねむい。」

一瞬、「えっ」と思ったが、確かに日本人が英語の授業中に発する感じの「ねむい。」と言う雰囲気を絶妙にとらえていて、それがおかしかった。

フィオナやサラは、日本の大手英会話スクールに雇われ、英会話を教えている。彼女達以外にも日本に英語を教えにやって来る欧米人は多い。カツヒロは、なぜ、日本で英語を教えようと思ったの?と聞いて見た。

すると、若いうちに世界中を見て見たかったから。日本以外に韓国や台湾でも英語の先生の募集はあったけど、日本が一番清潔で安全そうだったから日本にしたと教えてくれた。

しばらくすると、社会人組もパーティーに加わり、10名以上が集まった。皆、普段、リビングや玄関、トイレなどで顔を合わせていたものの、ゆっくり皆で集まってパーティーを行ったのは初めてで、とても盛り上がった。

「それでは、今からゲームをします。」カツヒロは唐突に宣言した。

「これからやるゲームはとっても単純です。使うのは、この100円玉とコーヒーカップ。」

皆、何が始まるのか、ちょっと不思議そうな顔をしていた。

「この100円玉をお尻に挟んで、その先のコーヒーカップの中に落とすことが出来た人が勝ちです。手を使わずに、コインをお尻に挟んだまま、移動して下さい。」

皆、ビールやワインなどアルコールを飲んで気分がハイだったから、なんの躊躇もなく、ゲームが始まりました。

皆が一回ずつ、挑戦したが、誰もコインを入れる事が出来ず、2週目でナオミとアダムが成功。コインが入った瞬間、もの凄い歓声があがり、まるで宝くじが大当たりしたかのように二人は喜びました。

七夕パーティーはその後も、誰かがギターを持って来て皆でビートルズを歌ったり、面白いジョークを言ったりして大盛り上がりのまま終了しました。


つづく。

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