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第14号『潔癖症が悪いとは言わないけれど・・・』
世の中には自分が見たくないもの、理解できないものが結構あります。
SNSの発達により個人の発信や意見がより多くの人達の目に留まるようになった事はクリエイターにとっては大変喜ばしい事です。おかげさまで無名である自分が執筆する『週刊少年シチュー』有料マガジンも少しずつ定期購読数が増えてきて、Twitterからの常連さんはもとより、初見の方から「スキ」を貰えたり「ノートが購入されました」「ノートにコメントがあります」などの通知が来ると思わず嬉しくなってしまいます。
その反面、色々なクリエイターの作品がより多くの人達の目に留まることで「暴力描写がー」「残酷描写がー」「性的表現がー」と声を大にするだけでは飽き足らず、SNSという名の拡声器で叫び、同志を募り叩く人達がいます。作者がSNSでアカウントを持っている場合は直接攻撃も珍しくありません。確かに有名人、著名人との距離感はSNSを通して近くなった様に感じます。けれど作者や公式への敬意や礼儀を忘れて”言葉で殴る”のはいくらなんでもやり過ぎでしょう。
こと漫画・ゲーム・アニメなんかのエンターテイメント作品は攻撃の的にされる事多いし、それによって規制が増え、表現の幅が狭くなればそれだけ今後名作が生まれにくくなってしまう可能性だってあります。
この記事を読んだ時、同じ事思いました。とても分かりやすく書かれていますので是非。こういう「叩く」文化止めたいんです。もったいないから。
『攻殻機動隊』の少佐みたく「世の中に不満があるなら自分を変えろ!!それが嫌なら、耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせッ!!」 なんて言うつもりは全く在りません。
ただ「好きな事ことに対する表現の違いだったり、文化の違い、価値観の違いを認める寛容さ」は大事なんじゃないかなと思います。嫌いだ叩いて潰せ!ではなく、なるほど、こういう世界もあるのか。ぐらいで留めておけませんか?
全部が全部ではありませんが、文句言っている人の半分以上がその叩いている作品を深く知らず、その表現だけを攻撃しているように感じられます「木を見て森を見ず」ですよ。
エンタメ作品はストーリー上どうしても”吐き気を催す邪悪な敵”だったり”過激描写”だったりを必要あれば、あえて入れますよ物語を面白く、キャラに深みを持たせる為に。その部分だけを切り抜きして抜擢し差別だの、描写がどうだの言うのはやめませんか
これといって内容の伴わない反射的なパッシングじゃないですか
そうだ・・・おれたちが正しい行動を求めがちなのは・・・
マンガ アニメのヒーローを学んでしまった副作用!
道徳の時間より強烈に魂が鍛えられてしまった人間的弱点!
それ以外の人には別にどうでもいいことなのだ正義など!
そういう人を見る度『アニメ店長』みたいな事を思ってしまいます。なんて事を書くと次の一手は「子供に悪い影響を与えたらどうするんですか?」でしょうか。なるほど、悪い影響も与えるかもしれません、けれどそれ以上に良い影響も与えているとは思いませんか?その作品から何を感じ何を学ぶかはその人次第だと思いますし「差し引きプラスなら良いんじゃないかな」ってのが自分の意見です。
文句を言いまくっている人、同志を集めて規制規制規制で、嫌いなものを叩いて潰していっても、嫌いなものはこの世から無くなりません。それよりも好きなことに没頭するほうが精神衛生的によろしいのではないかと。ツイッターにしろ各SNSにはフィルター機能はあるのだから活用すればいいのではないでしょうか。頭が堅すぎるというか、真面目過ぎるというか、過敏過ぎるというか・・・
「これだからクソ真面目な奴は始末が悪いよな。極端から極端へ走りやがる」
「だから『週刊少年シチュー』の執筆は不真面目な奴を選んだのだ」
蔵馬「ああ、なるほど!」
蔵馬、納得しすぎ
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