『史上最も恋愛が難しい時代に理想のパートナーと出会う方法』で斬る、セックス・アンド・ザ・シティ
久しぶりの投稿となりました。拙訳『史上最も恋愛が難しい時代に理想のパートナーと出会う方法』(原題 "How to Not Die Alone" ローガン・ウリー著)が河出書房新社より刊行されましたので、そちらの紹介をします。
著者はハーバード大学卒で元Google勤務、現在はマッチングアプリHingeのリレーションシップ・ディレクターを務めるローガン・ウリー。ハーバード時代から恋愛関係やセックスを研究し、Googleでは行動経済学の花形、ダン・アリエリーとチームを組んで行動科学の知見を生かす社内グループを運営していました。Google退社後はデートコーチ兼プロの仲人として活躍し、研究から得られた科学的な知見と、恋愛コーチとして試した実践を基に書き上げたのが本書です。
本書の大きなテーマは、Intentional Love(意図的な愛)を手に入れること。目次は以下のとおりです。
訳していて面白かったのは、登場する架空人物のエピソードがことごとく「これ、あの海外ドラマのあのキャラじゃん!」「こんなシーン、見たことある!」なところ。ラブコメ系の海外ドラマや映画が大好きな私はニヤニヤがとまりませんでした。こういう、カウンセラーやコーチ系の著者が書いた自己啓発書にはクライアントAやクライアントBのエピソードがよく出てくるのですが、今回はよく見知ったキャラで脳内再生されて、なおかつ、そのキャラ達の行動が行動科学や心理学の知見でスパスパと分析されていて、ものすごく面白かったのです。
そんな本書の楽しみ方を今回はご紹介します。タイトルにあるとおり、世界的に大ブームを巻き起こした『セックス・アンド・ザ・シティ』(以降、SATC)のキャラや関係性を本書で紹介される科学的な知見で分析したいと思います。えーと、SATC未視聴の方は、直接本書をお読みくださいませ。また、映画版および続編『And Just Like That…』の内容にも触れていますのでネタばれ注意です。
愛着スタイル「不安型」と「回避型」のお決まりループ:キャリーとビッグの追い・追われ関係
愛着理論は心理学で古くからある概念で、心理学系の読み物や自己啓発書などでもいろんなところで登場します。
この愛着行動のパターンは大きく分けて「安定型」「不安型」「回避型」の3つがあります。自分の傾向を判断するには、本書にも簡単な自己診断の質問がありますが、ネット上ではもっと詳細な診断サイトが多数ありますので試してみてください。
さて、SATCキャラを愛着スタイルで見てみると、キャリーは不安型でしょうか。本書によると、不安型は常に「追いかけたい」タイプです。いつもビッグの行動に振り回され、エイダンとの穏やかな恋愛には退屈さを感じるキャリー。不安型っぽく見えます。他方、ビッグは回避型? 相手と親密になりすぎると、とたんに距離をとりたくなるタイプです。シーズン 1ではキャリーと真剣な仲になることに躊躇し、ナターシャとの結婚中はキャリーと浮気、映画版SATC 1 ではキャリーとの結婚式直前に逃げ出してしまう。キャリーも視聴者もビッグの回避傾向に振り回されまくりです。
そして面白いのは、この不安型と回避型のカップルは典型的な「だめパターン」だということ。本書では以下のように説明しています。
英語には have butterflies in my stomach(おなかのなかに蝶がいる)という表現があります。不安で落ち着かない、どきどきするような心境を表す慣用表現ですが、恋のドキドキを表すときにも使われます。つまり、「不安のドキドキ」=「恋のドキドキ」という誤解は一般的によくあるものなのかも。かくいう私も遠い昔にそんな経験があったような……
不安型のキャリーと回避型のビッグの無限ループこそ、SATCの大きな魅力でもあります。他のドラマや映画、小説、漫画でもこのパターンはよく見ます。しかし現実世界ではパートナーとして理想的なのは安定型の人。SATCの男性キャラなら、シャーロットの夫のハリー、ミランダの夫のスティーブ、キャリーの元カレのエイダンあたりでしょうか。けれどももこの人たちみんな、女性陣からはちょっと気の毒な扱われ方をしていますね(笑)。エイダンはSATCの続編、『And Just Like That…』でキャリーと再会しますが、やはり安定の安定型ムーブで5年後の愛を誓います。果たして不安型のキャリーは5年も待てるのでしょうか……
運命の相手を求めるロマンス志向型:シャーロットの紆余曲折
本書では愛着スタイルとは別に、人の恋愛傾向を以下の3つに分けています。
・恋愛に過剰な期待を寄せる「ロマンス志向型」(Romanticizer)
・相手への期待が大きすぎる「完璧志向型」(Maximizer)
・自分への期待が高すぎる「尻込み気質」(Hesitater)
ロマンス志向型の代表はやっぱりシャーロット! シーズン1の第1話で登場したときから、セックス至上主義のサマンサに反対してロマンスを主張します。ロマンス志向型は「運命の相手」がどこかにいて、いつかその人と出会えるはず、と信じているタイプです。本書では、心理学者のレネ・フラウニクの言葉を借りて、「ソウルメイト信仰」をもつタイプと呼ばれています。このタイプの問題点は、その人に出会えさえすれば恋愛が成就する、と思い込んでしまうところ。けれども、実際に恋愛関係を築き、維持するには努力が必要です。白馬の王子様と出会って「末永く暮らしました(lived happily ever after)」はディズニー映画だけ、すてきな出会い(cute meet)があるのはラブコメ映画だけ、キラキラの映える恋愛はSNSの中だけ、と、世にロマンス幻想をはびこらせる悪の根源を本書では一刀両断しています。
そんなロマンス志向のシャーロットが「王子様」だと思い込んだ男性はトレイ。性的な不満を見て見ぬふりした結婚生活はあえなく破綻、泥沼の離婚協議に発展しました。その離婚協議のさなかに出会ったのが、その後の夫となるハリーでした。見た目はまったくタイプでないし、理想の王子様像とはかけ離れているけれども、ハリーのやさしさに惹かれたシャーロットは、ユダヤ教に改宗するというとてつもない努力ののち結婚します。結婚後も夫婦一丸となって不妊治療や子育てに立ち向かうシャーロット。 まさに、ロマンス志向を脱却し、Intentional Loveを手に入れたロールモデルでしょう。
完璧志向型のゆくえ:ミランダの気づきと決断
完璧志向型(マキシマイザー)は、何かを選ぶ際にできるだけすべての選択肢を検討しないと気がすまないタイプです。入念に調査し、意思決定の前には賛成・反対リスト(pro/con list)を作って徹底的に分析すれば、最善の決断をくだして最高のものを手に入れられると信じます。このタイプの問題点は、悩みすぎて「分析まひ」に陥ってしまうこと。さらに選択肢が多すぎると、最善の選択をしたのにも関わらず、その選択肢にも満足できなくなります。心理学者のバリー・シュワルツが言うところの「選択のパラドックス(Paradox of Choice)」です。本書でのこのタイプの説明は以下のとおり。
この説明を訳しているときに思い浮かんだのがミランダです。弁護士のミランダは、映画版SATC 1でスティーブとの結婚生活を続けるかどうか決断するシーンで、スティーブの良いところと悪いところの長いリストを作成します。結局、口の周りにカプチーノの泡をつけた自分の姿を鏡で見て自分のほうが欠点だらけであることに気づき、スティーブとの結婚を続ける決断をします。外ではバリバリのキャリアウーマンなのに、私生活では抜けているところや弱いところを見せる、おちゃめなミランダ。続編の『And Just Like That…』では大学生になったり、性指向を変えたりとかなり大胆に変身しました。その続編のシーズン2の最後では、ミランダがスティーブの新しいバーの改装現場にやって来て二人でこれまでの結婚生活について話します。「あんたはいつも正しかった。唯一の間違いは私たちだけ」と振り返るミランダに、「俺たちは長い間正しかった」と二人の関係を肯定するスティーブ。スティーブの「サティスファイサー」気質にミランダはずっと救われてきたんだろうな、と思います。
ちなみに、恋愛傾向の最後のタイプ、「尻込み気質」はSATCキャラの中では思いつきませんでした。あのドラマにそんな人いる?(笑)
がんクリニックの待合室でバッグを持ってくれる人:サマンサとスミス
本書の第7章では、「プロムの相手」(prom date)と「人生の伴侶」(life partner)の違いについて説明しています。そこで出てくるのが次の一節。
SATCの名物キャラ、サマンサ。強くてセクシーで自分の欲しいものをすべて手に入れる彼女の、がん闘病シーンは涙なしには見られません。とくに印象的なのが、抗がん剤による脱毛に対抗するために自らバリカンで頭を剃るシーンです。彼氏のスミスがやって来て、俳優としての商売道具の髪を、サマンサに付き合って剃り落とします。魅力的な「プロムの相手」として誰もが憧れるスミスを「人生の伴侶」にまで育て上げたサマンサ、さすがです。
ちなみに、今回この記事を書くにあたり、SATCの最初のほうのシーズンを見返していて爆笑したのが、サマンサがレストランのトイレでこの世の終わりのように号泣するシーン。理由は、完璧だと思っていた相手のペニスが小さすぎること。本書では、付き合う相手を判断する際に、「許せる範囲の軽いイライラ」(permissible pet peeves)と「絶対条件」(dealbreakers)を混同しないように、というアドバイスがあるのですが、サマンサの場合はペニスのサイズが絶対条件なのでしょうね……(笑)
恋愛と生活を科学の目で見る
以上、拙訳『史上最も恋愛が難しい時代に理想のパートナーと出会う方法』で紹介される知見を使ってSATCのキャラを分析してみました。あくまでも私の主観的な分析ですので異論も多々あるかと思います(是非教えてください。SATCについて語り合いましょう!)。
今回分析に活用した知見以外にも、単純接触効果や埋没コストの誤謬、損失回避、現在バイアス、ネガティブバイアスなど、心理学や行動経済学で同じみの概念もたくさんでてきます。実は、編集段階でページ数が想定よりも多くなったため、単行本には参考文献リストと付録のワークシートを入れることができませんでした。そこで、編集者さんとあちらのエージェントさんが協議し、Web掲載の許可をとりつけてくださいました。以下のリンクから参考文献を見られます。(Kindle版にはすべて収録されています)
参考文献:https://www.kawade.co.jp/9784309300351/references.pdf
付録のワークシート:https://www.kawade.co.jp/9784309300351/writing_sheet.pdf
この本を訳して以降、ドラマや映画のみならず、日常のいろんなシーンで「あ、いま現状維持バイアスに陥ってるな」と「あ〜、あれはモネ効果だわ」とか気づくようになりました。恋愛だけでなく、人間関係全般に当てはまる知見がてんこもりです。ご興味のある方はぜひ、お試しください!
単行本はこちら↓
Kindle版もあります↓