囚われた夢
立ちはだかる壁が幻影の帳のように揺れている...
硬い牢獄のように迫る壁は、現実という衣を纏い我々を取巻いている
まるで、逃れられない世界なのだ… と言い含めるかのように、それは有無を言わさず存在の幻影を見せてくる
その硬い感触と叩けば返ってくる痛みという反応が、現実という世界を描かせ私を存在させる、血の滲んだ指先が尚更それを信じさせている。
その傷跡が血の脈動を高鳴らせ、記憶の源流を呼び覚まし、やがてその脈動は記憶の波紋を生じさせ、現実という壁に浸み込んでゆく...
記憶の脈動は時間の揺らぎのなかに現実を誘い、壁は時間の狭間に明滅を映してゆく...
視線の触覚はその影を突き抜け、その向こうに何ものかの気配に触れた...それは見知らぬものの声であるような… それでいて何処かで知っているような何者かの気息でもあり、またそれは時間を生み出す流動体とでも呼べるような感触を誘うものだった。
それは温かな脈動であり韻律であり、音楽のような肌合いを有していた。
手に触れた堅固な壁はその脈動とともに揺らぎ、それはやがて身体の脈動とも同調し、何者かの気息と自身の脈動とが干渉しあい、現実という壁を打ち消しあい、手に触れていた壁は明滅の彼方にその影を消していった...
ほたるの明滅のように現れては消える現実という影のなかで、私は目を閉じ意識の視線を通してその気息の感触を見ていた...呼吸とともに明滅は緩やかになり、呼吸の入れ替わる狭間に見せる刹那の韻律のなかで、私は手に触れていた壁を越えた...
その時、現実の壁は振動の境界となり、身体はその境界を音楽として体験していた...私の意識は描かれた視界を触覚として見、そして身体は振動を通して音楽を生きていた
意識は反転し、私はかつて触れていた現実という壁の向こう側からそれを見ている...そこにはもう私の姿はない… 壁は揺らぎのなかに溶け、私は新たな音楽のなかに生きている...それは転調のように呼吸を変えた新たな気息を生きているという実感とともに在った
囚われた夢は音楽のなかに消え、意識の視線の彼方に遠ざかる音楽を、私は緩やかな呼吸のなかで見送っていた。
音楽のなかに立ち現れる世界は、虚でもなく実でもなく意識が放った一灯のひかりだった...音楽とひかりのなかに私は在り… 世界は在った...
歌のなかに世界は在り私はここにいる...明滅のなかに過去もなく未来もない...今ここに音楽はありそして言葉はある...
囚われた夢として眠りについていた記憶は、いま新たな歌を呼吸している… 眠りの時間も目覚めた時間も、ともにこの明滅のなかに開き、私は音楽とともに… そして言葉とともに湧き上がる時間のなかにいた。