道化師
わたしは誰でしょう...彼は人びとに尋ね回った...
しかし誰ひとり答えてくれる者はいなかった...憐みの一瞥を投げるだけで人々は笑いのなかに彼を捨てていったのだった。
やがて彼は捨てられた嘲笑を担いでねぐらへと帰って行った...
そして彼は集めた嘲笑を苦渋の沼に沈めてゆくのだった。
何色ともつかぬ鈍い光を湛えた沼に落ち葉が降り積もるように、彼は笑いを振り撒いてゆく… 不思議な歌をうたいながら...
笑いの落ち葉は水に溶けるように沼に沈んでいった...最後のひと葉を彼はそっと水につけ、なにかを呟きながら沼に沈めたのだった...その時彼の目になにかが光った...それはどこか儀式のような、誰も知らない秘められた祈りのようでもあった。
彼の夢の中で赤い満月が沼を染めた...
光のなかに浮かび上がったのは妖しく揺れる葉のうえに伸びた蓮の蕾...その時、一陣の風とともに不如帰の一声が静寂を切り裂いた。
彼の夢の中でもうひとりの道化師が目を覚ます...まるで呼ばれたかのように外へ出た彼は、蓮の葉の上で踊っている月のひかりを見た...
揺れる手招きに合わせて彼も踊りだした… 憑かれたように...
やがて月は傾きはじめ、ひかりの踊りもゆっくりと彼を導いていった。
ひとときの饗宴は彼の魂を震わせ、沼のほとりに彼は身を伏した...
呼吸だけが彼の証であるかのように...
彼を導いた月のひかりは、それを見届けるように葉の上に印を結び、ひとつの水滴となって水面に落ちていった...
波紋が最後のひかりを歌ったとき、彼は石になった...
誰も知らない時間の墓守のように...
月が消え入りそうに最後の微笑みを投げたとき...
誰も聴いたことのない音とともに蓮の花は開いた...
手向けのように...
彼は夢から醒めることはなかった...そして誰も彼を見た者はいなかった。
「わたしは誰でしょう...」と彼は言った...
ひとはその仮面の下から本当の顔を捨ててゆくのかもしれない...
笑いでごまかしながら...
本当のピエロは誰なのだろうか...
道化師は知っていたのかもしれない...
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