般若波羅蜜多
海が静まる時… 石が語りだす... 石が歌う時… もうひとつの潮騒を連れてくる... それは海が聴いた原初の言葉として、明滅と流転のなかに現れる言霊のように揺らめいている...
時に石はwinkするように私を手招きする...時間はそっと道を開け、束の間の休息をするように石にその身を預ける...そのとき石は微笑みながら私にそのたなごころを開く...
それは無二の友に大切なものを見せる時のように親密であり...そしてまた誰も知らない時間のなかで紐解く秘密の逢瀬のようでもあり...それはまた師が顕現する時のように厳かでもあった。
掌のなかに山は聳え...掌のなかに川は流れる...掌のなかに星は瞬き...掌のなかに世界は詠う...
何処かで聴いた歌に感応し、香りのように何処からともなく漂う郷愁に誘われるように、時間はふたたび動きだし、永遠を匂わす刹那に歌は還っていった...
海は眠りのなかに忘れていた呼吸を想いだすように、私の傍らで小さな波音を立てた...
いま此処に在る石...いま此処に在る私...
響きあう存在の海を想い出しながら私は… 彼方からの潮騒のなかに、星が宿した言葉が瞬きだす刹那を観ていた...
明滅のなかに星はめぐり...明滅のなかに海は歌う...流転のなかにひとは生き...流転のなかに夢を見る...
石が開いたたなごころは、一巻の経のようにその世界を詠う...言葉の海をわたる風がはこんだ詩のなかで、私はうつつに忘れた夢を想いだす...石がそっと差し出すたなごころを頂きながら、わたしは掌を合わせて去来した歌を聴いていた...
言葉の海の渚にてこの石が記憶した歌は、私のたなごころに注がれて、いま私はそれを呼吸している...明滅のなかに宿された言霊は、静かにわたしの奥深くに浸透してゆく...
明滅の汀を生きながら、わたしは潮騒の彼方に光となって躍る言葉の幻影を観た...
Art MAISON INTERNATIONAL Vol .25 掲載作品
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?