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ゼロから年商9,000万ドルへ:ADHDと共に挑んだ起業ストーリー

スタートアップの世界は厳しく、統計によれば起業した企業の約90%が失敗に終わり、そのうち21%は1年以内に廃業してしまいます。そんな過酷な環境下で起業家として生き残ることは容易ではありません。さらに、注意欠陥・多動性障害(ADHD)を抱える場合、その難易度は一層高まります。実際、ADHD当事者の約80%が仕事上の困難を経験し、神経多様性をもつ人の約69%が「自分には起業なんて無理だ」と思わせるインポスター症候群を感じるとも報告されています。

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しかし、ADHDは必ずしも「起業の障壁」ではありません。たとえば、Holywater(ホーリウォーター)というテック企業をゼロから年商約9,000万ドル(約90億円)規模へ成長させたボグダン・ネスヴィット(Bogdan Nesvit)氏は、ADHDの当事者でありながら、この成功を収めています。彼自身が示すように、ADHDと共に歩む起業家でも、大きな成果を上げることは不可能ではないのです。本記事では、ネスヴィット氏の経験をもとに、ADHDがありながらもスタートアップを成功に導くためのポイントを5つに分けて解説します。


1. 自分の弱みを認識する


スタートアップにとって最も致命的な要因の一つは。「リソースの不足」と「焦点の欠如」です。研究によれば、リソースの制約や計画の甘さ、集中力の低下が初期段階の失敗を招く大きな要因になるとされています。ADHDの当事者は集中力を持続しにくい傾向があるため、そこに拍車がかかる危険性があります。

たとえば、ネスヴィット氏のチームは、創業後18か月で10以上のアプリをリリースしました。一見すると「多作」であり「生産的」に見えますが、方向性が定まらず、結果的にリソースを分散してしまったといいます。予算も限られたスタートアップにとって、このような「とりあえず動いてみる」アプローチは大きなリスクです。

そこでネスヴィット氏は、「四半期ごとに達成したい開発ゴール」を定め、優先度の高いタスクに集中するように切り替えました。この転換によって、漫然とアプリを乱発していた体制から一転し、最終的には世界中の2,000万ユーザーを抱える事業へと成長させることに成功しています。彼が強調するのは、自分がどこに弱みを抱えているのかを理解し、それを明確にすること。「自分の弱みをしっかりと理解することで対策が立てられる」と氏は語っています。

2. 自分の特性を理解し戦略を立てる


ADHDは、生まれつきの特性であり、外部から「薬だけ」で完全に解決するものではありません。ネスヴィット氏は、コーチやメンターと対話を重ねるなかで、ADHDの根本にある自身の思考パターンや行動の癖を掘り下げていきました。その結果、幼い頃のストレス環境で身につけた「集中を乱す習慣」や「タスクを最後までやり切れない」という行動が、実はADHDから生じるものだと理解したのです。

2-1. 自己分析の重要性

プロジェクトにおいて問題の所在を掴むには、まず問題を理解する必要があります。これはADHDにおいても同じです。自己分析や情報収集によって、「なぜ自分は気が散りやすいのか」、「どのような状況でパフォーマンスを落とすのか」を把握すると、対策を立てる際に具体的な見通しが立ちやすくなります。

2-2. ワークスタイルの最適化

たとえば、ネスヴィット氏は集中力が落ちやすい環境を避けるために「仕事部屋を整え、通知を極力オフにする」「スケジュールを細かくブロックして、作業時間を分断する」といった方法を取り入れました。自分の特性を把握し、それに合わせて仕事環境や進め方をカスタマイズすることで、生産性と集中力の維持に成功しています。

3. チームとの正直なコミュニケーション


ADHDに限らず、弱みや特性を他人に打ち明けるのは勇気のいることです。しかし、ネスヴィット氏は、「自分が抱える困難を正直に話す」ことによって、チームの協力体制を根本的に変えられたといいます。

「もし自分がADHDの影響でやるべき作業を後回しにしていたら、遠慮なくリマインドしてほしい」と公言することで、チームメンバーにも「気軽に声をかけていいんだ」という安心感が生まれます。また、彼は小さなタスクや依頼はその場ですぐに対応し、それをメモに残すという習慣を徹底しました。こうした仕組みは、「信用残高」を高め、チーム全体の信頼関係を育むうえで効果的です。

4. 集中力を鍛える具体的な方法


ADHDを抱えると「どうしても気が散る」という悩みは尽きません。とはいえ、集中力はある程度「訓練」によって伸ばすことができます。ネスヴィット氏は、瞑想や冷水浴、早朝の有酸素運動、良質な睡眠を徹底し、さらにアルコールなどの誘惑をできる限り避けることで、集中力を高めるライフスタイルを築いています。

4-1. 習慣化の力

こうした健康的な行動が即座に ADHD を治すわけではありませんが、一定のリズムを持って行動すると、集中力やモチベーションを持続させやすい効果があります。大切なのは、「一度に完璧を求めず、継続できるペースを守る」ということです。

4-2. 波があっても気にしすぎない

どんなに対策をしていてもモチベーションが落ちる日はあります。神経多様性をもつ人であろうとなかろうと、それは誰にでも起こることです。重要なのは、一時的な不調を「自分はやはりダメだ」と否定的に捉えすぎず、「不調なら切り替えてまた明日から取り戻せばいい」と考え、長期的な視点をもつことです。

5. タスクを任せる勇気をもつ


最後のポイントは「得意ではない仕事を抱え込まない」ということです。スタートアップの創業者は、あれこれを自分一人でこなさなければならないと思いがちですが、これは大きな間違いになり得ます。ネスヴィット氏も単調な作業や数字管理が苦手なため、それらを得意とするチームを採用し、任せるようにしました。

5-1. デリゲーション(権限委譲)の効果

リーダーが権限委譲を行うと、最大で33%の収益増加につながるという調査結果もあります。これは、リーダーが自分の得意分野に集中でき、チームメンバーが責任感をもって主体的に動けるからです。ネスヴィット氏の場合、よりクリエイティブなアイデアや収益拡大施策に時間を割くことで、ビジネスを加速度的に成長させる余地を確保しました。

5-2. チームのモチベーション向上

チームメンバーが「自分の得意分野で力を発揮できている」と感じられる環境は、モチベーションや生産性の向上にも直結します。ADHDを抱える創業者にとっては、苦手なタスクを無理に引き受けるより、補完できる人材を巻き込む方が賢明です。そうすることで、ADHDの特性が「足かせ」ではなく、「チームの中で個性を発揮する一要素」として活かされるようになります。

ADHDを抱える起業家にとって、スタートアップを成功させる道は決して平坦ではありません。しかし、ボグダン・ネスヴィット氏が示しているように、自己理解、チームワーク、集中力のトレーニング、そして適切な権限委譲といった戦略を組み合わせることで、神経多様性は「起業の障害」から「起業家としての個性」へと変わり得るのです。

「自分の特性を理解し、必要なサポートを得ながら自分の強みに集中する」という考え方は、ADHDの有無を問わず、多くの起業家にとって示唆に富むものと言えます。確かに、周囲と同じやり方では通用しない局面があるかもしれません。しかし、そこにこそチャンスが潜んでいるのも事実です。あなたがもしADHDと向き合う起業家であるなら、ネスヴィット氏の経験を参考に、ぜひ「自分の特性を活かす」道を模索してみてください。


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