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青い空の下で

青春時代にほとんどの人が通るであろう楽器を持ってもいないのに何故か出てくる「バンドやろうぜ。」という会話。

「俺、ボーカルやる。」
「じゃ俺、ギター。」
「ベースも必要だから、アイツに声掛けてみようぜ。」
「おまえは太ってるからドラムな。」
「よし、じゃあバンド名きめようぜ。」

太っている奴はドラムに抜擢されるという不文律はこの際おいておくが、とにかくこんな感じで、日本全国の中学校では活動をしてないバンドで溢れかえっていた。無論、僕の通っていた中学校もその例に漏れず、あちこちでバンドが結成されていた。

とはいえ、当然ながら青春時代の思いつきの口約束は、金銭的な都合で楽器を買う事ができない、という切実な事実に直面し、いつの間にかそんな話は無かった事になるのが世の常。
これは風が吹けば木々は揺れるにも似た自然の摂理と言っていい。中学時代の「バンドやろうぜ」は得てしてそういうものなのだ。

しかし、そんな中うっかりバンド活動をスタートしてしまった輩が出現した。

ボーカル担当の家がカラオケ教室をやっていたこと、
ギター担当の父親が元バンドマンで、ギターが家にあったこと、
ベース担当の兄貴がベースをかじっていて、ベースが家にあったこと、
ドラム担当は中学生から年齢を偽ってバイトをしており、中学生にあるまじき額の貯金があり、ドラムセット購入の上で、レッスンまで受け始めてしまったこと。

挙句の果てに、メンバーの一人の実家が町工場で、防音設備が完璧な倉庫があり、そこに楽器を持ち込んで、演奏しても良い、という許可が降りたこと。

これだけの奇跡的な好条件が揃った為、そのバンドは産声をあげた。

それが僕達のバンドだった。

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