映画『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』
2015年/製作国:アメリカ/上映時間:93分
原題 Genius
監督 マイケル・グランデージ
予告編(日本版)
予告編(海外版)
STORY
レビュー
原作はA・スコット・バーグ著『名編集者パーキンズ』。
ゆえに読書好きの方は、間違いなく楽しめる作品となっている。
とりわけジョン・ローガンによる脚色は素晴らしく、ボリュームのある原作より力業にて名場面の抽出を断行し、93分の映画として楽しめてしまうストーリーに仕上げた手腕は見事としか言いようがない。
本作の主役の一人マクスウェル・エヴァーツ・"マックス"・パーキンズ(以下:パーキンズ)は、同じく主役の一人であるトマス・ウルフ(以下:ウルフ)のみならずF・スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイ等をも発掘し、育てた名編集者であり、彼が居なければ確実にアメリカ文学史とその流れは変わっていたであろうと言われるほどの人物である。
また作家の作品に積極的に手を入れ(「削除」)、手厚い助言も行った編集者としても知られており、その文章に対する実力はある部分において、作家をも上回るものを持っていたことは疑いようがない(しかも何れも一流の作家に対してそれを行ったのだから凄い)。
要するにパーキンズは、まだこの世界に一切「評価の存在しない」作家とその作品を発掘&評価することの出来る「審美眼」を備えており、尚且つそれらの作家と作品をある意味作家以上に理解していたということになる(そうでなければ作品の完成に深く関わる編集作業など絶対に行うことは出来ない)。
本作のパーキンズとウルフの関係が観る者の心を捉えるのは、文学を通して、到底普通の人々が経験することの出来ない深みに達しているからではないかと感じた。
彼らは理想としていた……というよりは、本来であれば自らの血縁関係においてそのような経験(体験)をしたかったに違いない「父」と「息子」の関係性を体現した疑似親子であり、限りある人生という時間(命)と、互いの「記憶」と「魂」と「理想」とを「心を込めて封じ込めた結晶」である一冊の書籍を生み出すために共闘した「戦友」であり、さらにはどこまでも気の置けない「親友」でもあるのだ。
これは謂わば、最強の関係性である。
しかしそうであるからこそ、彼等の周りの人間はその領域から除外されてしまうこととなり、ふたりを愛していればいる程に深い疎外感を味わうこととなってしまう。
パーキンズとウルフの美しい日々と関係は作品の成功と周囲からの様々な影響により、ふたつの傑作の完成をもって、ある意味必然的に終焉を迎えることとなった。しかしそれは決して悲しいことなどではない。何故なら私たちは今尚、ふたりの残してくれた情熱の灯に温められ、そして励まされ続けているのだから。
本物の「友情」と「愛」は、実は途轍もなく得難いもので、たぶん殆どの人はそれらを知ることなくこの世を去ってゆく。
ゆえに私は「一度もそれらを経験出来ずに死ぬよりも、経験して失う方が遥かに幸せに違いない」と思う。
本作には、その本物の関係から生まれる衝突や軋轢、そして何物にも代え難い深い喜びと掛け替えのない大切な記憶が、狂おしいほどに切なく、しかしどこまでも美しく封じ込められており、愛おしい。
余談
原題のgeniusは英語では「天才」「非凡な才能」の意でラテン語のgenius「守護神」が語源です。
ゆえに原題は間違いなくダブルミーニングな、見事なタイトルであると思います。
※ですから日本版の予告編では「2人の天才」としておりますけれども、その解釈はある意味間違いです。
また個人的には「天才」と言われる人々は、ある部分が大きく欠落しており、その欠落している部分の余剰が、他の部分に上乗せされる形で機能している人の事であると考えております。ゆえにウルフは「天才」ですけれども、パーキンズは「天才」ではないと考えております。「天才でないなら、じゃあパーキンズは一体なんなんだ?」と聞かれたなら、私は「飛びぬけた大秀才」であると回答させていただきます。「天才」と「飛びぬけた大秀才」が完璧な信頼関係のもとにタッグを組んだからこそ、多くの人々に愛される普遍的な傑作が生まれたのではないかと思うのです。もし「天才」と「天才」が組んでいたなら対立関係となってしまい、死産となっていたかもしれません。
そのように考えるなら、原題は「これしかない!」という抜群のタイトルとなっており、胸がポッポポッポします(胸が熱くなります)。
話しはぶっ飛びますけれども、ウルフの『天使よ故郷を見よ(原題:LOOK HOMEWARD, ANGEL)』(1929年)の字幕翻訳が余りにも素晴らしかったため翻訳者を調べたところ、字幕協力に柴田元幸さんのお名前があり、納得いたしました。
公式サイト
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