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感性にフォーカスし、人生を正していく

私は、文化庁令和2年度文化経済戦略推進事業として、アーティストが企業のプロジェクトに加わり、アーティストの視点・思考をプロジェクトに注入する、アーティスティック・インターベンションを企画・実行しました。

このときプロジェクトに参加してくれたアーティストが久門剛史さんです。

久門さんは、2018年に森美術館で、2019年にベネツィアビエンナーレで、タイのアーティスト、アピチャッポン・ウィーラセタクンとコラボレートした映像インスタレーション《シンクロニシティ》を発表しました。


私は、森美術館とベネツィアの両方の作品を観ましたが、映像の投影されているボードの裏で灯りがゆらゆら点滅していて、不気味な世界が描かれていたという記憶があります。

このコラボレーションを行うにあたり、久門さんは、タイのメリームという山間部にあるアピチャッポンの自宅に滞在して、構想を議論しました。そのときの経験が雑誌ユリイカ 2022年3月号に掲載されています。

天井や壁にヤモリがいて、蚊や虫を食べている。雨が降ると村が分断されてしまう。そんな生活をしていると、あまりに便利な日本の生活の方に違和感を感じるようになったそうです。そして、以下のようにコメントしています。

おそらく僕が《シンクロニシティ》以降の作品から日常の具体的な要素を取り除き始めたのはこのメーリムでの体験が大きく影響している。灯りを頼りに寝室に戻り、重力に身を任せて、闇の中で耳を開く。無いことの豊かさを感じざるを得ない数日間だった。純粋に人間が感動することとは何か、素朴な感性や感覚についてフォーカスするようになった。そして、癒しや神経についても興味をもつようになった。作品を制作するということは、未熟な自分の人生を正していくこと。豊かさとは何かを自問し、自分が何者であるか、自分にしか流れていない血をどこまで信じられるかということ。《シンクロニシティ》での経験はそういうことを教えてくれた。

久門剛史「シンクロニシティ」
ユリイカ 2022年3月

久門さんが企業のプロジェクトに参加したとき、コロナ禍で在宅勤務になったメンバーが、移動の時間がなくなった分、次々にオンライン会議が入るようになったと話しました。久門さんは、あまりに時間に追われていると新たなアイデアは出てこないので、ちょっとスピードダウンしませんかと提案しました。そして、久門さんからお題が出され、そのお題に対する答えをアート作品を創って回答するというワークを3回実施しました。

コンセプトを考えて作品を制作するには、かなりの時間を要します。直接的な業務とは違うことにじっくり時間をかけるというのは企業人にとっては稀有な経験、参加したメンバーには大きな刺激になったと思います。

久門さんが主張したスピードダウンさせる効用は、メーリムでの経験に基づいたものだったのです。

多くのビジネスパーソンが、日々業務で忙しくしています。そんな人たちに、ときには、感性にフォーカスして人生を正し、自問する時間をもつことの大切さを伝えていきたいと思います。

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