若気の至りだった元彼との話

20代すべての年月、同じ人と付き合っていた。その人は、私と同年代で、付き合う前に負った大怪我をきっかけに仕事を辞めて、その後、怪我が完治してからも働いていなかった。正確には、仕事を見つけてからだいたい1カ月しないうちに辞めるので結果的に働いていない時間のほうが多かった。辞める理由はほぼ毎回一緒だった。同僚や先輩から、なにか強く言われるとつらくなって無理になるらしい。なんどかそういうことを繰り返した結果、週1～2回、短時間のアルバイトで落ち着いた。

ずっと一緒にいたかったし結婚したかった。20代後半になってからは、働いてほしい、いや、働かなくてもいい、とにかくなにかやりたいことをちゃんと見つけてほしい、と繰り返し伝えた。そのたびにわかった、と言いながら彼はまた仕事を見つけ、数日後に辞めた。それでもいつか変わってくれるだろう、この人に合うなにかがきっと見つかるだろうと信じていた。

何度目かもうわからなくなった彼の退職報告を聞いたとき、私は少し前からずっと考えていたことを彼に話した。
もしかしたら、大怪我の影響で働けないんじゃないか。高次脳機能障害というものがあるらしい。一度病院で調べてみたらどうか。
彼自身、怪我をする前と後で考え方や気持ちの感じ方が変わった、と思うことはあったらしい。それなら受診を……と言いかけた私に彼はいった。

「でも、こわいな」

この人は、なにもする気がないのかもしれない。たぶん、このとき私の気持ちは枯れた。

29歳になった。あい変わらずの彼に、しばらく会うのやめよう、と告げた。ちゃんと就職なり、やりたいこと見つけるなりして、結婚に向けて具体的な行動を見せてほしい。今年いっぱい待つ。年末までに連絡がなかったら、もう会わない。と言った。彼はわかった、と言った。

彼はわかってなかった。
予想通り年末までなんの連絡もなく、私は終わったと思ってその後の日々を過ごしていた。そうやって半年くらい経った頃、彼から「就職しました」というメールが届いた。お別れすることにはなったけど、10年近く付き合った相手だ。応援したい気持ちはある。
「おめでとう。もう隣で応援することはできないけどがんばって」
と返した。

その日、仕事が終わって最寄り駅に着いたら彼が改札前で私を待っていた。

世の中の、様々な痴情のもつれからおきたといわれる殺人事件を思い出した。その場はあー久しぶりとかなんとかいいながら、家まで車で送るよという彼の申し出を固辞して連絡先をブロックした。

そこから不定期な待ち伏せが始まった。はじめのうちは駅で待ち伏せされたので、降りる駅を変えたり、出口の方向を変えたりして避けた。そうすると、待ち伏せ場所が家の近くに変わった。できるだけその場所を通らないように帰っていたが、たまに別ルートでも待ち伏せされて会ってしまうときもあった。

会ってしまったとき、彼はなにをするかというと就職活動の状況を主とした近況報告をする。私と一緒になるために今もがんばってるよ、というつもりらしい。最初のうちは「待ち伏せするのはもうやめて」「もう気持ちはない」ということを繰り返し伝えたが
「だって、メールも電話もブロックされてて連絡とれないから来るしかないもん」
といわれ、なにをいっても無駄だと悟った。

一度、「これ以上つきまとうなら警察に通報します」といったらすぐ帰ってしばらくこなくなった時期があったので、いざとなれば警察は効果がありそうだと分かったこと、また、待ち伏せの頻度が2～3カ月に1～2度という低さ、不定期さだったので、ストーカーとして相談するには弱く思えたことから、警察への通報までは決断できずにいた。

なので、それからは話しかけられても無視して通り過ぎることにした。そんな状態が3年くらい続いていたある日、また彼が待ち伏せしていた。いつものように無視して通り過ぎたら、後をついてきた彼が話し始めた。

「今日、病院行ってきました。働いているところの上司に『いちど病院行ったほうがいい』っていわれて。そしたら、通院することになりました」

このときばかりは思わず反応しそうになった。
それ、何年も前に私が言ったよね？なんで今？なんで私からいわれて行かなかったのに上司だったら行くの？私って、結局なんだったの？

反応するだけ無駄、というか相手が喜ぶだけだとわかっていたので無視を続けて家に入ったけど、心底がっかりしたのを覚えている。

あの10年があるから今の幸せがある、今でもそう信じているけれど、この話を聞いた瞬間はマジでそれまでの付き合いを「無駄だったな～」と思った。

結局、私が引っ越して物理的に距離を置くまで待ち伏せは続いたし、あれから10年以上経って某SNSでアカウントを発見し、私の旧姓フルネームのアカウントをフォローしていることがわかって戦慄したのはまた別のお話。