見出し画像

【書評】殺す時間を殺すための時間(どくさいスイッチ企画、KADOKAWA)

 どくさいスイッチ企画さんのネタはお弁当みたいだ。それも名店の、何度食べても飽きないところの。

 ネタはほとんど必ず明転板付きではじまる。舞台が明るくなると中肉中背のおじさんが中央に立っている。スーツ姿で眼鏡をかけ真っ直ぐ客席を向いている。
 少し舌足らずながらもしっかりした滑舌と声量で語りだす。状況はどうなっているか、自分は何者か、どう感じているか、ネタの世界がきちんと迅速に語られる。そして不意に手を挙げ、コントタイトルを発する。
 コント内の人物がコントタイトルを自ら発表するという手法はFUJIWARAさんがボケで始めたとされる。関西ではコントの不文律のように若手芸人に受け継がれている手法だ。どくさいスイッチ企画さんはこれを再解釈し、笑いの起爆剤にまで昇華した。この手法をしつこく繰り返すことで世界をひっくり返していくネタもある。
 コントタイトルで明かされた世界の切り口で、ネタの展開に加速度が生まれる。新しい情報が与えられる度に嬉しい驚きで笑ってしまう。まだあるぞ、まだあるぞ、と追加の設定が放り込まれる。舞台から溢れんばかりの情報量なのに、整理整頓されてから順を追って提供された印象を受ける。
 ネタに採用されたテーマはどれもキャッチーで、ときにおじさんの口から飛び出てくるとは思えないような、まだ手付かずの新しい分野が言及される。するとスーツ姿の違和感がおかしみを生む。なんだこのおじさん。なんで一人で流暢に喋ってんだと思う。
 ネタはすんなりと終わりを迎える。蛇足なく、ちょうど盛り上がったところで舞台は暗転する。もう少し見ていたかったという気持ちと、綺麗な幕切れだったという気持ちが同居する。そしてやっぱり変だったなと思う。

 お弁当を手に取る。収まりがあまりにもいいものだから、これでお腹いっぱいになるんだろうかと思う。木箱の質感と匂いがお弁当であることを意識させる。プラスチックの弁当箱に慣れた身からすると、木箱という「当たり前」が楽しい。
 ふたを開けるとご飯とおかずがぎっしり詰められている。すき間のなさに満足感がある。白いご飯を口に運ぶ。弁当だから冷めているけれど、ほどよい固さだ。よく噛まなければ飲み込めない。添えられた梅干しか漬物をちょっとつまみ、その勢いでおかずをパクつく。
 おかずを食べればご飯が欲しくなり、ご飯を食べればおかずが欲しくなる。おかずとご飯の比率を気にしながらも、掘れば掘るほど出てくるおかずに箸が止まらない。おかずの下におかずが隠されていて驚くこともある。配置が計算されているから、おかず同士の味が混ざっても美味しい。
 ときに思い通りの味ではないおかずが出てくる。意外と甘かったり、風味が独特だったりする。変わり種を入れる強気な姿勢がうれしい。名店なのにすごいなと思う。次に口にしたご飯の炊き加減が完璧なことが改めてありがたい。
 いい弁当はあっという間に食べ終えてしまう。もう少し食べたいなと思いつつも、お腹はいっぱいだ。そして、今度はいつ食べられるだろうかと思案する。

 どくさいスイッチ企画さんが本を出した。「カクヨム」に掲載していたショートショートを集め、新たに書き下ろしを加えた短篇集だ。「読むピン芸」と言って差し支えない。ネタで語られる世界が文章として提供される。収録されたどの話も驚きに満ちていて、きちんとしている。タイトルは『殺す時間を殺すための時間』だ。スーツで眼鏡のおじさんが舞台中央で手を挙げてタイトルを発する姿を想像してから読んでみて欲しい。

「この一年で売れます」と言っていた。売れて欲しい。


僕が一番好きな話が全文公開されている。屋上に出る扉の手前の踊り場を舞台にした話だ。僕はよく踊り場にいたので、話に取り上げて貰える日が来るなんて、と感動した。どくさいさんにどうやって話を書いたか聞いたら、どくさいさんもよく踊り場に居たらしい。ぜひ読んでください。

いいなと思ったら応援しよう!

新書といっしょ
よろしければサポートお願いします。新書といっしょに暮らしていくために使わせていただきます。