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ある日記「かしこい鳥さん」2025年1月9日

 裏通りを歩いていた。街路樹の木漏れ日が顔を撫で、真冬の寒さも和らいでいた。大きな影が小さな影の集まりのなかで揺れていた。
 肩にぼんと何かが止まった。軽い衝撃を頭で認識する前にそれは飛び立っていった。青みがかった灰色の小さな鳥だった。
 僕がお姫様の領域に足を踏み入れた瞬間だった。お姫様が森の中で歌をうたえば、小動物たちが集まり、鳥たちが肩や腕に止まり、共に歌う。この現象の第一段階、いや第半段階を達成したのだ。僕は世界から愛され、幸せを願われる存在にならんとしていた。
 鳥さんは僕を祝福するかのようにふわりふわりと木々の間を飛んでいた。空に五線譜を引いて、鳥さんがいたところに音符を並べれば、それはそれは楽しげな旋律が生まれるに違いなかった。
 ふと強烈な臭気が鼻から入ってきた。くさい。くさいくさいくさい。勘違いかと思い嗅ぎなおすとやっぱりくさい。くっさ。わからないくささだ。なんじゃおい。臭いを辿って頭を回すと体が揺れて、小さな塊がぴょとっと地面に落ちた。足元に目線をやると緑色の光沢が。カメムシだった。
 原因が分かると、臭さははっきりと臭くなった。なるほどカメムシのやつか。どこかで嗅いだことあるとは思っていたんだ。点と点が線で繋がって鼻腔を突き刺した。カメムシの分泌したものが肩から首元のどこかにべっとり付いていた。風向きが変わるたびに臭いの強度が上下して、臭さを忘れることができなかった。
 鳥は僕に突如として懐いたのではなかった。餌のカメムシを置いていったのだ。鳥にとってもカメムシはくっさだったから。そのままでは食べられなかったから。
 カメムシは外敵から身を守るために臭気を発する。鳥がカメムシを食そうと思えば、この臭気を何とかしなければならない。カメムシが臭気を出す前に飲み込んでしまえば、食べた瞬間はどうにかなるが、後になって胃から臭いが立ち昇ってくるだろう。臭気の原因物質がカメムシの体内に蓄積されたままなのだから。
 鳥がカメムシを美味しくいただくには、カメムシが臭気を体内から発散し尽くすのを待つしかない。カメムシを拐って、臭気を出すタイミングで離す。これを繰り返せば臭みを消したカメムシが完成する。
 しかし、鳥は考えたのだ。もっと効率のいい臭い消しの方法を。カメムシが外敵を認識し続ければ、臭気を出し続けるだろう。ならば自ら以外の外敵の体にカメムシを放置して、臭気を出し切らせよう。臭くなくなってからカメムシを回収すればいい。
 そこでターゲットに選ばれたのが僕だったのだ。のんびり歩いてる人間の肩にカメムシを掴まらせておこうと。後から回収するのも容易いだろうと。
 まあ、なんてかしこい鳥さんだこと。

今年もこの季節。

HARIBOのクマが弾いた秋鮭はアルミに包まれちゃんちゃん焼きに

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