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ある日記「東京ディズニーシー」2025年1月29日

 友達と東京ディズニーシーに行った。朝五時半に起きて、バスに乗って行った。バスは東へ東へと進むので、朝日がフロントガラスから差し込み眩しかった。まどろみから目を覚ますたびに高速道路はディズニーへの道となった。
 車内で宇多田ヒカルのベストを聴いた。すでに成熟した少女といつまでも純真な女性がアルバムに共存していた。世界に登場したときの衝撃をまとったまま歳を重ねていることがわかった。まるでディズニーのようだった。
 右隣の席に座る見知らぬ少女がバスに揺られる一時間半のあいだ弛まずメイクをしていた。僕は手鏡を持つ少女の左手に自分の右手がぶつからないよう通路に体を投げ出して座った。おめかししたい気持ちはディズニーへの期待の表れだった。
 かくいう僕もそれはそれは気分の乗ったおめかしをしていった。というのも近所にクッキー缶のような古着屋を見つけたのだ。
 馴染みのスーパーの向かいの路地に店はあった。細い階段を登った二階にある小さな店内には、店長の女性が選んだ品のいい古着が所狭しと並んでいた。しかも値段が安かった。店長の気まぐれでアウターが半額になる日もあった。僕は店の壁に掛けられていた茶色のジャケットと白いシャツとネクタイの組み合わせに心奪われた。わざわざ壁に掛けるということは店長のお気に入りに違いなかった。いつかのお出かけで着ようと勇気を出して購入した。
 バスは予定より十分早く到着した。運転手が無線で仲間と情報を交換して、より交通量の少ない道を選んでくれたおかげだった。エントランス前の広場は開園を待つ人たちですでに半分ほど埋まっていた。僕たちの前に並ぶ中国から来たであろう大家族の子供たちが地面にマップを広げてアトラクションを回る予定を立てていた。滑らかに舗装された地面は驚くほど清潔で手で撫でたくなりさえした。
 入園できたのは九時を十分ほど過ぎたころだった。噴水に持ち上げられた地球が回る広場で多くの人がスマホに向かっていた。僕がディズニーから遠ざかっていた十数年の間に変わったアトラクションの並び方が原因だった。専用のアプリを園内で起動して無料または有料の整理券を獲得することで待ち時間を短縮するシステムになっていた。特に新しくオープンした「ファンタジースプリングス」というエリアのアトラクションは「スタンバイパス」という無料の整理券を獲得しなければ乗れなかった。人々は追い立てられるように数時間先の予定を決めさせられていた。僕も急いでラプンツェルのパスを取った。浮足立っていたので追い立てられることすら嬉しかった。
 アプリではクレジットカードを登録するといくつかの出店で時間を決めて注文することができた。海底二万マイルのエリアにある店でギョウザドッグを買った。肉まんの中身が餃子のタネになっていて、見た目が餃子を太く長くしたような食べ物だ。はやる気持ちが空かせた胃袋にもちっとした生地がすんなり収まった。火山帯の中海に桟橋があり、先には潜水艦が浮かんでいた。結露した半球の窓から中を覗き込むと計器や操縦桿が見えた気がした。大人になってから来るディズニーシーはまた格別なのだと知った。
 ギョウザドッグの美味しさが空腹感をかきたてて、そのあとに寿司ロールとクリームブリュレ風チュロスを食べた。巻き寿司の中に海老カツや鶏カツを入れたり、チュロスの中にとろっとした甘いクリームを入れたり、シーでの楽しみは常に多層性を持っていた。アトラクションの待機列に並べられた品々をよく眺めていると、世界を解き明かすヒントが隠されていて、前後に並んでいる人に教えたくなる気持ちを抑えて友達に喋った。どのうれしさも口に出したくなる場所だった。
 インディー・ジョーンズのエリアを歩いていると、入ったら面白そうな建物を見つけた。待機列が短い朝の時間帯にアトラクションへと急ぐ人たちには見向きもされないところだった。中に入ると、誰かが働くための机が隅に置かれ、待ち人のためにあつらえられた椅子がいくつか並べられていて、中南米の地図やポスターや写真が飾ってあった。古着屋で買ったジャケットはここで写真を撮るために生まれたのだと勝手に直感して、はしゃぎまわって写真を撮った。僕は都合のいい運命論者だった。
 制服を着たディズニーキャストが二人入ってきて、先輩が後輩に場所の説明を始めた。聞くともなく聞いていると、建物は下の船着き場から乗る人たちが荷物を置くところなのだと分かった。先輩の腕を引いて飾ってある品々についていちいち聞いて回りたい気持ちがあったが、大人なのでやめた。
 食べて乗ってを繰り返しているといつの間にか夜になっていた。イタリアの街並みにあるレストランでローストビーフとランブルスコをいただいて良い気持ちだった。閉園まであと一時間となり、待機列の短くなったアトラクションに乗って帰ろうかと考えながらアプリを開いた。最後にもう一度「キャンセル拾い」に挑戦しようと思ったのだ。
 アプリでパスを取らなければ乗れないアトラクションがあり、そのパスは朝の早い時間帯で無くなってしまう。ところが、何らかの事情でパスをキャンセルする人がいたときに、アプリを開くことでパスを獲得できる。これを「キャンセル拾い」と言う。このことを知る人たちはパスを申し込む画面を開いて何度も何度もリロードする。そしてキャンセルが出た瞬間にボタンをタップすることで争奪戦に勝ってパスを獲得するのだ。
 前日に出たライブの楽屋でド桜のかつやまに「キャンセル拾い」の存在を聞いていた僕は空き時間があると挑戦していた。何度もリロードしているとときたま申し込み画面が現れた。申し込みが完了するまで三段階あり、二段階目までは何度も進んだがパスは取れずじまいだった。「キャンセル拾い」の中毒性は強烈で、普段ギャンブルをやらない僕でさえ一瞬で心拍数を上げるゲームに夢中になりかけた。アトラクションの待機列でやってしまっている自分に気づいてからは、このままではディズニーを味わいきれないと思いなおし挑戦をやめた。それでもどうしてもやりたくなったときは友達と挑戦権を渡しあってゲームとして遊んだ。「キャンセル拾い」に挑む人は多いようで、待機列の後ろに並んだ人が獲得に成功しているのを聞いて、小さく拍手していたら自分たちも途中の画面まで進んでいたのに気づかなかったことがあった。
 海底二万マイルに向かいながらアプリを開いた。そのあとにセンター・オブ・ジ・アースに乗れたらいいねなんて話を友達として、パスの画面に行った。最も人気なアナと雪の女王のパスが出ていた。いくつかの画面でタップして、パスを獲得した。はやすぎてよくわからなかった。「取れた」と言うと、友達がスマホを覗き込んだ。パスがあった。二人でそれはそれは喜んで、新エリアへと急いだ。あきらめなければ叶うんだ、とまっすぐに思った。

このあとクリスタルスカルに睨まれるとも知らずに。


「犯人に告ぐ!」と叫んだ巡査部長ミニ扇風機顔に当ててる

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