編集後記(森山裕之) 中島岳志『自民党 価値とリスクのマトリクス』
2006年8月に発売された『クイック・ジャパン』(以下『QJ』)67号で、私は作家・映画監督の森達也さんに責任編集を務めて頂き、一緒に「政治」特集をつくった。カルチャー誌が「政治」を特集したということで、賛否両論、いろいろな声を聞いた。
私が編集部に入ったのは2001年の夏だった。その年の9月11日の夜、編集部で校了作業をしながら観たテレビの映像のことは忘れられない。世の中が音を立てて変わっていく感じがした。この状況に対し、カルチャー誌で編集の仕事を始めたばかり私は、何ができるのか。そう考えながら日々を過ごした。答えのないまま、その時代でいちばん強いと感じたカルチャーを必死に追いかけ、取材し、読者と共有した。
2001年~2006年は小泉純一郎内閣とも重なる時期だ。ワイドショーが政治を取り上げ、若い世代にとっても政治は身近なもの、無視できないものと感じるようになったと思う。今こそカルチャー誌で「政治」を取り上げるべきではないか。いつも取材していたミュージシャン、芸人たちともそんな話をして、それを活字にしたいと考えた。
しかし今から思うと、それはどこかで、「メタ」なものであった気もする。当時私は、編集によって、「1ミリでも人の何かを動かしたい」とを考え、編集部にもそういう雑誌を作りたいと伝えていた。「政治」特集も、その総決算のつもりだった。1ミリでも人の何かを動かすことができたかはわからない。でも、その時考えられること、やれることは全部つぎ込んだ。2007年、私は編集部を辞めた。
2011年3月11日があった。関東に放射能が降った雨の日、私は出張で1週間沖縄に出張に行かなければならなかった。毎日仕事の合間に、ニコニコ動画で原発に関する番組を観て、放射線の数値を追っていた。パソコン上ではいつも、同じ年で友人のジャーナリストの津田大介くんが司会でしゃべっていた。沖縄出張から帰ってすぐに津田くんを誘って高円寺で飲んだ。2軒目か3軒目の店で、偶然、素人の乱の松本哉くん(『QJ』の政治特集でも取材をしていた)たち一行に会った。彼らが1ヶ月後に高円寺でデモを企画していると、その夜知った。私は家族と小さい子どもを連れて4月11日、高円寺を歩いた。
2015年、安保法案に反対する国会前のデモで、SEALDsを知った。中心メンバーである奥田愛基は、「絶対に変える」と言った。ハッとした。「1ミリでも動かす」なんて言っている場合ではないのではないか。冷や水をかけられたような思いだった。
松本哉くんもかつて、「3人デモ」という、デモを批評するような活動をして、それを動画でアップしていた。2007年には杉並区議に出馬し、高円寺駅前でサウンドシステムを使い合法的な「フェス」を行っていた。それはとても批評的で「メタ」で、その時代にはとても有効な態度に思えた。その彼らが数年後に高円寺で主催したデモは、はからずも1万5千人を集める「ベタ」な行いに変わった。
2018年、『WEBRONZA』(現『論座』webronza.asahi.com)誌上で、中島岳志さんが「自民党を読む」という連載を始めた。2019年の夏に参院選が実施されることが決まっていた。昨日、2019年6月26日までは、衆院解散W選挙の可能性も残っていた。
2019年4月、連載の最終回「小泉進次郎」が公開され、中島さんはそこから短い期間に大幅に加筆修正をし、「小渕優子」1章分、「はじめに」、「おわりに――私たちは何を選択するべきか」を書き下ろした。
今年の夏の選挙は日本の命運を決める選挙になるかもしれない。
そのために、少しでも多くの人に、今の自民党を、野党を、そして自分たちのことを知って欲しい。そのためにこの本を使って議論して欲しい。大げさでもなんでもなく、私たちの選択が本当にこれからの日本を左右すること、今がその瀬戸際であることを知って欲しい。
中島さんが指し示した「価値とリスクのマトリクス」は、今の、これからの日本の政治を、私たちの生活を知るための新しい地図です。
私たちが知るために、考えるために、選ぶために、中島岳志『自民党 価値とリスクのマトリクス』を出版しました。今こそ読んで頂けたら嬉しいです。
2019年6月27日木曜日 森山裕之