“N=1”から新たな価値を生む。Soup Stock Tokyo流のマーケティングとは
—齋藤さんのお仕事について教えてください。
価値創造本部という部署でブランディングや企画、デザイン、コミュニケーションおよびDX関連の領域を見つつ、兼務でEC事業部長をしています。もともと、2013年に新卒で入社して、最初の約半年間は店舗に勤務していました。その後、はじめてSoup Stock Tokyoが海外出店するということになり、シンガポールで約3年半、現地での店舗の立ち上げに携わっていました。帰国後は、いったんSoup Stock Tokyoからは離れて海外に調査に行ったり、母体の会社であるスマイルズでコンサルティング事業のPM (Project Manager) をやってきました。
たったひとりの疑問から生まれた、ファストフードとしてのスープ専門店
—Soup Stock Tokyoはどのように始まったのでしょうか。
創業は1999年です。これまで20年以上「食べるスープの専門店」として、首都圏を中心に展開してきました。現在は、店内で飲食ができる店舗が55店舗、冷凍スープを販売している店舗が10店舗あります (2022年3月末時点) 。
—駅の中など、目立つ場所に出店されていますよね。どの店舗もカフェみたいでおしゃれな印象があります。
そうですね。出店する場所にもこだわりがあって、広告を打たない代わりに立地の良さを重視してきました。確かに「カフェみたい」と言っていただくこともよくあるのですが、私たち自身はSoup Stock Tokyoの業態を「ファストフード」と位置づけています。
—「ファストフード」という位置づけなんですね。お店の雰囲気からすると少し意外です。
1990年代って、1970年ごろから急成長したファストフード業界において「安かろう悪かろう」というイメージがセットで広まっていった時代なんですよね。その時、創業者の遠山 (現・株式会社スープストックトーキョー会長) が感じていたのは「ファストフードって “早い”って意味なのに、なんでこうなっちゃうの?」という疑問でした。当時のファストフードは、10円、20円値引いてより安く提供する方向でしたが、彼は200円高くてもいいからおいしくていいものを食べたい、という想いがあったそうなんです。その背景には、ご家族がアトピー体質だったことも大きいようです。
そこで彼が思い浮かべたのは、女性がひとりでスープをすすってほっとしているシーンです。90年代後半という当時、女性の社会進出が進む中、女性が一人で立ち寄れて自分の大切な時間を味わうことができるお店がなかった。そういった背景もあり、「素材にこだわっていて体にいい。それでいて早い」という新たな価値をもったファストフード店としてSoup Stock Tokyoが生まれました。
—Soup Stock Tokyoのはじまりは、遠山さんひとりの疑問からだったんですね。
そうなんです。たったひとりの気づきや妄想から始めること、すなわち「N=1を起点に新たな価値を生み出す」というのはSoup Stock Tokyoの根底にある考え方ですね。まずは、自分や喜ばせたいと思う身近な人を思い描きながら妄想を進めていく。市場調査のデータから最大公約数としての答えを導くような従来のマーケティング手法もありますが、Soup Stock Tokyoはそれ以上に、この“N =1”から始まる妄想やアイデア、企画を大切にしています。「生活者としての自分はどういうものが欲しいんだろう?」ということを常に深堀りして考え、広告や割引などに頼らなくても自然とお客様に届いていくような価値を生み出していきたいですね。
ECの始まりは、現場で耳にするお客様の声だった
—Soup Stock TokyoのECはどのようにして始まったのですか?
ECが始まったのは2004年です。以前、羽田空港に店舗を構えており、国内の遠隔地にお住まいのお客様が多く利用してくださっている中で、地元でも利用できたらなという声をいただくようになりました。そういったお客様にスープをお届けすべく、冷凍スープを開発してオンラインで販売することになりました。
—現場でのお客様との会話や声も大事にされているんですね。
そうですね。とはいってもやはり店舗がメインなので、販路の一つとしてECで販売はしているけれど、ほとんど力を入れてはいなかったんです。しばらくそんな状況が続いていたんですが、時代とともにECの売上も伸びてきて、片手間では業務が追い付かなくなってきたので、人員を増強しながら現在は7人でEC全体を見ています。
EC事業部にいるメンバーの多くは、もともと自店舗スタッフ経験者で構成されていて、他社でのECやマーケティングの経験者はいないんですよね。その中で、試行錯誤しながら商品企画や新たな施策を打ったりしています。コロナ禍での自宅需要の伸びもあってECの利用者が急増したことを受け、規模においても体験価値においてもさらなる拡大に向けて、見直しの必要性を感じ始めました。そこで、「Shopifyへの移行」を第一ミッションにしてやってきました。
—実際にShopifyに移行するとき、制作会社はどうやって選んだのですか?
制作会社を探す前に「ECサイトとスマホアプリの会員様アカウントを統一させたい」という全体の構想があったんです。これまでは、同じ人でもECサイトとアプリでアカウントが分かれていたんですよね。なので、UIの改善だけではなく、バックエンド側をしっかりと理解してくださる会社にお願いしたかった。この構想をいくつかの制作会社にお伝えしたときに、一番バックエンド側を含めて全体像を理解してくださったのが制作会社のR6Bさんでした。
R6Bさんにお願いして、無事Shopifyに移行することができました。移行後は、店舗・ECサイト・アプリを利用してくださるお客様を、別々のプラットフォームごとに捉えるのではなく、同じひとりのお客様として認識できるようになりました。
ECでも、重要なのは リアルな“現場”のお客様を知ること
—ECやアプリは、どれくらいの人が利用しているのですか?
今回、ECとアプリの会員アカウントを統合し、現在、約45万人の会員様がいらっしゃいます。ようやく店舗でもECでも、同じひとりのお客様として迎えられるようになり、次のステップとしてお客様一人ひとりにどのような価値や体験を提供できるかということを起点にCRM (Customer Relationship Management) 構築の議論を進めています。
—具体的にはどうやってCRMの構築を進めているのですか?
まずは、まずは統合したデータを整理し、読み解くから始めていますが、現場の声を聞くことを大切にしています。例えば、「“世の中の体温をあげる”という企業理念を掲げている私たちにとって「 “ロイヤル”とは?」ということを考えるとき、データを見るだけではなく現場に足を運んでお客様と直接お話をする中で感じ取ることも大切にしています。私たちの強みの1つは、みんな店舗スタッフを経験したメンバーばかりということ。だから、気になることや試してみたい施策があったら、店舗のシフトに入ってお客様と直接関わることができるんです。「本部」と「現場」の垣根を限りなく小さくして、リアルなひとりのお客様に向かい合うことは、ECでも常に大切にしていますね。
—実際にお客様にインタビューをすることはありますか?
まだ積極的には行っていないですが、今後はもっとやっていきたいです。接客中にお客様と会話をした内容など、自分の身近にいる人たちからの生の声を大切にしています。実際にお客様と話すことで得られる3次元のリアルな情報は、2次元のデジタルとは違って情報がすごく濃くて、いくつもの文脈が発生するんですよね。とある現場スタッフの何気ない話を聞いているだけでも、たくさんの想像が湧いてきて、そこから「ECもこう変えてみよう」というようなアイデアが生まれてきます。
N=1を起点にして新たな価値を生み出していく
—現場のリアルなN=1の声からアイデアが生まれるのは、ECでも実店舗でも同じなんですね。
そうですね、そこは変わらないです。2017年に、ECで「出産祝いセット」というギフトセットをつくったんですが、これもあるひとりの従業員の発意から生まれました。もともと、この従業員自身が友人への出産祝いによく冷凍スープを利用していたんです。そこから、出産祝いという大切な方に想いを伝えるシーンにおいて、もっと寄り添うギフトセットがECで作れないだろうか?ということを考えたのがきっかけで、この出産祝いセットが生まれました。
他の企画や施策でも、N=1から始まるのは変わりません。どんどんわがままになって、いま何が気になっているのか、どんなものが欲しいのかをみんなが考えている。些細なことでも、ひとりのリアルな原体験や感覚を起点にすることで共感しうる文脈が生まれ、お客様の体温があがるような価値につながると考えています。
—企画ってデータを見ながら始まることが多いですが、Soup Stock Tokyoは真逆なんですね。データがなくても、本当に自分が欲しいと思うものをつくる。そういうカルチャーの源泉はどこにあるのでしょうか。
Soup Stock Tokyoというブランドの始まりにさかのぼると、創業者である遠山正道の「なんでこうなっちゃうの?」という発意から生まれたことが大きく寄与していると思います。事業を生み出す際も一つ一つの企画や商品を考える上でも、自分自身が生活者の一人として、日々の暮らしの中で感じることや思うことを起点にシーンを描くことが求められます。
市場調査から得られる定量データも、もちろんうまく活用することはできると思いますが、顔の見えない誰かのアンケート結果よりも確実に存在する一人(N=1)の発意、「誰が、どんな想いではじめるのか」ということをとても大事にしながら事業を成長させてきたので、自然と会社全体がそういうカルチャーになったのだと思います。そういった考え方は、私自身、入社してからずっと変わらないと感じますし、自分を起点としてシーンを描くことを求められ続けています。
—最後に今後のブランドの展望について教えてください。
ECやアプリの土台が整いつつあるので、次のステップとして、物理的な店舗と同様のおもてなし、接客体験を強化していきたいと考えています。その中で、手段としての「デジタルだからこそできること、より体験していただけること」をECでも実装していきたいですね。
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