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#2 宗教編 "創価学会"日本最大の宗教団体として果たすべき社会的責任と使命とは②

宗教とライフスタイルはセット

これは②です。まだ①を未読の方は、必ず前回の記事①を見て頂きたい。

 前回、宗教団体における魅力があるかどうかは”人の悩みを解決した内容の質と数である”と私なりに定義した。そして、”社会や時代の変化とともに人の悩みも変わる為、指導方法も変えなければならない”とした。

 キリスト教における善きサマリア人の逸話のように、創価学会員が良い哲学をもっていようが相手に何を提供できるかだ。創価学会は凄い凄い!とお題目のように内部の人間に唱えられた所で、自分の悩みの1つでも解決してくれなければ友人は納得しないだろう。

 そこで、納得しない、見えない友人の為に私は考える。
現代の人々の悩みが変わったと何故感じるのか、またその悩みとは何か。ここを掘り下げて考えてみたいと思う。

まずはこちらのデータを見て頂きたい。

引用①

 このグラフでは世帯収入の分布を見る事ができる。注目したいのは、平成8年では平均値と中央値から左右対称に近い形で左右に伸びている。しかし、平成28年には世帯収入にバラつきがあり、世帯収入平均値の生活が、国民を代表するライフスタイルとは言い難いことだ。
またこちらのデータも見て頂こう。

 独身や夫婦のみの世帯が増え、世帯構成がかなりまばらに分布しているのだ。私は専門家ではないのでさらにいくつもの根拠を羅列したり、詳しく解説したりはしないが、ライフスタイルが多様化している事は間違いない。
そして各ライフスタイルで悩みが異なるということも容易に想像できる。
悩みの多様化は共感の多様化を生み出すだろう。

多様化する悩み。答えなき問題。

 拡大期の創価学会はどうだったのか。
第2代会長である戸田氏の個人指導を読むと一体どの層に向けられたものであるかは、はっきり言って分かりやすかった。生きる事に必死の悩める低所得層~中間所得層の庶民だ。生活苦、病苦を抜け出そうとする層に対して、庶民が主役だ!負けじ魂を燃やしていこう!とプロバガンダ的な励ましがとてつもなく心に響いた。
そう、皆が同じ悩みを抱えていたからだ。誰しもが共有しやすい悩みをもっており、隣人も同じく貧乏だった。共有しやすく、勧誘しやすい。悩んでない人なんかいないから、めげずに折伏(勧誘)しようという学会特有の言葉が定着したのはこういった背景ではないかと推測している。

 しかし、昔とは違って現代のライフスタイルは多種多様。
自分と全く違う生活様式の悩みに共感するのはかなり難しい。祈って相手に寄り添うしかない!という根性論は、いま私が否定している最中だから静かにしていて欲しい。人に寄り添うのに情熱が必要なのは当たり前だ。

 では、ライフスタイルが変化し、多様化・複雑化が起きると組織としてはどうなるか。まず、ビジネスで言うところのマスマーケティングは効かなくなるのだ。(学会にターゲット戦略をしろって言いたいわけじゃない)
これまで、”創価学会は庶民の味方だ”と言えば皆が共感した。しかし、中間層が多かった時代から大きく変わった今の日本で、”庶民”とはどこからどこの層を指すのか。

 また、これまで創価学会が拾い上げてきた低所得者層の悩みも今は変化している。国の福利厚生は充実し、人手不足により選り好みをしなければ仕事にはつける。一切、贅沢をしなければ飯は食っていける。そう、問題は”相対的貧困”へと変わっている。この点に関しても指導が難しい。”小さな幸せ”を幸せと感じるべきだと伝えるのか。今こそ困難を乗り越え、これまでの成功者の体験談のようになれるよう励ましていくのか、幹部・リーダーに委ねられている。答えはなく、複雑化している。

 ここまで、現代の悩みを解決する事が大切だと言い続けておきながら、私は創価学会が取り組むべき問題、代表的な悩みを上げることはできない。
むしろ多様化と複雑さが増していくばかりだと訴える事しかできない。

 この、多様化と複雑化はさらなる悪循環が生まれる。人類史上最も変化のスピードが速い今、世代間のギャップは深まるばかりだ。聞いた事のあるマンネリ化された指導が蔓延し、幹部指導には疑問が残る。仕事の相談をして、十年一剣を磨くという言葉を引き合いに出されても、AIの進化が進むこの時代には10年も経たないうちに仕事が無くなる事さえあるのだ。(経験談)

 こういった現象は宗教だけでは無い。ありとあらゆるアドバイスが効かなくなり、組織、思想のアップデートが求められる。どう具体的アドバイスをするべきか分からない幹部が「祈れ!」と言い、疑問が残る若者がいる事を私は感じている。地元のリーダー・幹部との世代間ギャップが少ない若い人材を殺す事さえあると私はかなり懸念を抱いている。

 只、勘違いして欲しくはない。

 私は創価学会のみならずあらゆる分野の、先駆者たちのやり方を否定しているのではない。これから先の未来の話をしているのだ。
私は創価学会の草創期から学会活動されてきた副会長とお会いした事がある。未来のある若い方だからとわざわざ時間を作って頂いた。お会いしてみると何とも言えない温和な雰囲気を持ち、また人を良く見ておられる人徳者だった。若者らしく意見をぶつけたが、単純な根性論ではなく、私の人生を思う気持ちが返ってきた。組織の硬直化とは全く別次元であった。あらゆる苦労を経験された方だからこそか。
ただ、これからの時代は苦労せずとも生活ができ、必要性がない。そして、進んで苦労を選ぶ事がどうやるのかさえ分からないこの時代に、同じような経験を積む事さえできないのだ。

創価学会は考えなければいけない。今後、求められる人材とは。育てるべき人材像とは。
そして、創価学会に入るのがどんな人にとっても常に最善なのではなく、目の前の人にとって最善である組織なのか、自分なのかを常に問うべきだ。

鬱病、資本主義の限界、右翼化する国々、AI発達により仕事が失われる心配、非正規雇用の問題、環境問題。ユーチューバーになりたいという若者にどうアドバイスをするのか。
並べていたらキリがないが、日本最大の宗教集団として答えなき問題に取り組んでいくべきだ。

戸田氏が原水爆禁止宣言を発表した事をただなぞるだけでなく、LGBTの問題、女性差別、黒人差別、移民問題等、哲学と倫理が関わる問題ついてどう考え、どう取り組んでいくのか示すべきではないのか。

それが日本の最大宗教としての社会的責任であり使命だと私は思う。

以上、取り留めのない結論になった事は深くお詫びしたい。
私の至らなさだ。 

私としては、今後積極的に資金と人材をかけて、未曾有の社会問題、社会貢献に取り組んでいくべきだと考えている。その他にも創価学会員がプラスチック排出を減らす生活をする、地域の清掃活動に参加、介護ボランティア等に参加する等すれば善き運動が起こせないかと。
またそういった内容については別の機会に詳しく書きたいと思う。
少なくとも誰かの凝り固まった思考を崩し、変化の一助となれば嬉しい。

以上。宗教編 創価学会編

是非コメントをお願い致します。建設的批判は必要です。生きてきた背景が違うのであれば、見る視点が違う。あなたの視点を教えて下さい。

次の記事はSNS編→"SNSとは何か"の言語化、Facebookに期待する事

引用①:シングル&シンプルマーケティング 本間充

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