圧倒的な包容力①(辻村深月『青空と逃げる』)
秋も深まり読書がしやすくなったので、記念すべき1冊目をご紹介。
直木賞作家・辻村深月さんの『青空と逃げる』。
購入の後押しになったのは、教育評論家・尾木直樹さんが『思春期の子供の心情描写力が素晴らしい』と絶賛されていた読売新聞の特集ページです。
久しぶりの小説で、とても充実した旅になりました。
親子の7か月を流石の描写力で表現し、自分の子どもの頃を回想しました。
秋から来年の春にかけ、高知、兵庫、大分、宮城、北海道を転々としつつ、母子の成長があり彼らを取り巻く呪縛の真相が明らかになります。
ボリューミーで厚い内容となっているので、2回に分けてご紹介します。
ネタバレとなりますので、ご注意ください。
辻村深月さんの魅力
あくまで私見ですが、青春、恋愛、法律、医療、ミステリーまで書ける万能作者は、東野圭吾さんと辻村深月さんの2人だけです。
2人の作品は1文読んだだけでその情景がはっきり浮かぶのが特徴で、読書初心者の方でも作品に入り込んで登場人物にも感情移入しやすいです。
そして辻村さんの武器は、瑞々しい透明感溢れる描写力です。
特に思春期の男女の複雑な心情を書かせると右に出るものはいない とまで絶賛されており、読書家の間では有名なエピソードです。
それだけ読者を惹きつける描写ができるのも、彼女自身が母となり親となったからこそ、という部分もあるかもしれませんね。
あくまで1人の読書好きか書いた感想文なので、気ままにご覧ください。
それでは、大まかなストーリーをご紹介します。
逃亡のきっかけ①父親が起こした交通事故
父の本条拳(ほんじょうけん)と母の早苗(さなえ)は、互いに劇団に所属する俳優として活動。後に結婚して一人息子の力(ちから)を授かります。
しかし、拳は事務所の先輩で大女優の遥山真輝(はるやま・まさき)が運転する車に同乗し、交通事故に巻き込まれてしまいます。
事故が起きたのは、力の夏休みの初日でした。
その後遥山は医者の「女優復帰は難しい」という言葉に絶望し、自ら首をつって亡くなり、疑惑が拳1人に圧し掛かります。
遥山の死後、週刊誌で彼女の意地悪い性格や派手な交友関係が公になり、憶測で拳とダブル不倫という記事が出てしまったのです。
本条一家には毎日マスコミや記者が殺到し、芸能界の圧力に苦しむ羽目に。
たった1本の電話から3人を取り巻く状況は一変し、突如追われる身となってしまったのです。
逃亡のきっかけ②クローゼットに血まみれの包丁
スキャンダルの中、拳は家族に迷惑をかけまいと退院後に連絡先や行き先を一切知らせず失踪します。
そんな折、早苗は力の部屋を掃除している途中にクローゼットを開けた時、何かしらの異変を感じ取ります。
クローゼットの下にあるタオルを探ると、その下には刃先に血が付いた包丁が隠されていたのです。
恐怖のあまり悲鳴を上げた早苗は「誰かが私たち家族を狙っている」、「家族の誰かが遥山真輝を殺したのか」と様々な考えを巡らせた末、「もうこの家にはいられない」と結論を出し、当時10歳だった力を連れて東京を逃れる決心をするのです。
冒頭は高知の四万十川の描写から始まり、そこから2人が東京から逃げてきた理由が明らかになっていくという展開です。
辻村さんはこの作品を執筆する際、高知の四万十川や大分の別府温泉に足を運び、徐々にイメージを具現化していき「男の子を主人公にして書こう」と決心したそうです。
思春期の男の子は女の子と比べ寡黙でそっけないですが、いざ喋った時の説得力や言葉の重みはまた違ったものになります。
力がスキャンダルで変わってゆく夫婦の姿を目の当たりにし、10歳ながら目に涙を溜めて早苗に「離婚しないで」と懇願するシーンが出てきます。
その言葉に早苗はパワーをもらい、拳との関係をやり直すために力との旅で答えを出そうと奮闘します。
ここから7か月にわたる親子の旅がスタートします。
高知での夏休みと迫りくる圧力
四万十川で川漁を楽しむ力と、知り合いの紹介で食堂で働き始めた早苗。
2人はつかの間の休息をとっていましたが、1人の男性の訪問がきっかけでこの地を離れることになります。
それは、拳が所属する芸能事務所「エルシープロ」のスタッフでした。
早苗が拳の妻であり2人は同じ劇団に所属していたので、連絡先や居場所を知っていても不思議ではありません。
早苗は「どうやって調べたのか」とひたすらに困惑し、一方のスタッフも
「旦那さんは来ていないのですか?」と居場所を突き止めようと迫ります。
悪意のある追及や圧力に押しつぶされそうになりながら、知り合いの助言で早苗と力は兵庫の家島にフェリーで行くことになります。
力が家島で語った真実
力は偶然出会った地元の女子中学生・藤井優芽(ふじい ゆめ)に、連日ニュースで扱われた父のスキャンダルについて「遥山真輝は首つり自殺」、「第一発見者は高校生の息子」という真実を語ります。
後にこの1人息子と力が出会い言い争う場面が描かれるのですが、小学生と高校生の感受性の差異の描写が素晴らしく、辻村さんの真骨頂がいかんなく発揮されていました。
そして家島に来たのは、力が家島の小学校に転入する為でもありました。
しかし力は、東京では父が起こしたスキャンダルのせいで同級生からからかいを受けていることを早苗に伝え、「学校、行きたくない」と訴えます。
ここは小学生ならではの事情ですが、さらに早苗は始業式の日程を1日勘違いし、地元の小学校に入る最適なタイミングを逃してしまったのです。
そして力からの思いを聞いた早苗は、「もう少し、2人で逃げてみよう」と力との逃避行を続ける決心を固め、兵庫から大分へ向かうことになります。
”砂かけさん”と突然の訪問者
大分は全国有数の温泉地帯で、有名なのは別府温泉ですよね。
早苗は東京との給料の格差に困り果てながらも、求人誌で給料が1000円以上高い”砂かけさん”という名前のインパクトと、「経験不問!私たちと一緒に砂かけをしませんか?」という文言に惹かれて応募してみることに。
対応してくれたのは「砂かけマイスター」の資格を持つベテラン職員の安波(やすなみ)という女性でした。
一方の力も、偶然出会ったおじいさんが通う銭湯の掃除当番を手伝い、1回100円のお小遣いをもらってやり甲斐を感じていました。
早苗は安波の「苦労してきた人の顔のほうが、私は好きなんよ」という言葉に敏感に反応しつつ、結果採用されることになります。
砂かけとはお客様にお湯を含んだ砂をかけて温まってもらい、その間雑談や歌を歌ったりしてリラックスさせるという、実際にある職業だそう。
砂をかける左右のバランスや、砂に含まれるお湯の量で感触は全く異なるので、技術と経験が必要で且つ重たい砂を何度もかける為、腰から下が筋肉痛になる激しい肉体労働です。
早苗は安波のアドバイスとお客様の笑顔のおかげで、この仕事にやりがいを感じるようになり、力との生活も困らないようになります。
しかし、いつもの掃除を終えて休憩している力の元に1人の訪問者が。
「お前、ひょっとして、本条力?」となれなれしい口調で話しかけてきたのは、遥山真輝の一人息子・佑都(ゆうと)でした。
力は突然の訪問者に驚きますが、佑都の「お前の父ちゃんが問題起こした女優の息子っていったら、分かる?」の一言で、すべてを悟ります。
佑都の独特な服装と威圧感ある雰囲気に慄きながら、佑都の「お前、ちょっとついて来いよ」と言われるがままに大分の動物園へ行くことになります。
小学生と高校生という交わらなそうな2人ですが、別の関係は加害者の息子と被害者の息子という言い方もできますね。
ここから物語は急展開を迎えます。それは次回のお楽しみに。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。