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『学習する社会』#23 3.学ぶこと 3.2 思考のための道具 (3)学びの過程 1)コルブの学習理論

3.学ぶこと

3.2 思考のための道具

前回までに述べてきたように、我々は世界を類型的に認知している。我々が日々何かを為している「行為の進行」においても、計画は類型的に描かれ、行為の進行にともなう計画の修正も類型的に行われる。経験は類型的に認知されていて、計画の空白部分は類型的な経験で埋められ、修正される。修正された計画も類型的に描かれている。もちろん、我々は目の前にある現実が個別事象であり、今積みつつある経験が個別で唯一のものであることをであることを知っている。それでも、我々はその個別性を理解しながら、そこに類型をあてはめて認知し、思考し、行為している

しかし前回までの議論では、認知し、思考し、行為するために不可欠な思考ための道具【類型】がどのように形成されるかは明らかにしていない。前回描きだした「行為の進行」がどれだけ続いても、それだけでは新たな類型は形成されることはない。類型が修正されることもない。前回まで議論してきた行為の進行過程は類型を利用する過程として描かれており、類型を形成する過程としては描かれていない。類型を形成する過程についての理解を深めることが、学習を理解することにつながる。今回から、類型を形成する過程として、学習について考えていきたい。

(3)学びの過程

1)コルブの学習理論

環境との相互作用を繰り返して進展する学びを、コルブ(D.A.Kolb、1976)は具体的経験内省的観察抽象的概念化能動的実験の四要素からなる循環過程として示している(図表1)。我々は自分自身を十分に、開放的に先入観なく新しい経験に巻き込み【具体的経験】、その経験を多くの見方に反映し、多くの見方から観察し【内省的観察】、観察結果を論理的に正しい理論に統合する概念を造り【抽象的概念化】、その理論を意思決定、問題解決に使う【能動的実験】という能力を要求される。学びにおいては、二種類の次元【具象-抽象次元】と【能動-内省次元】の対極的能力全てが要求される。しかし、そうした能力をバランスよく有することは困難であり、誰もが二つの次元についていずれかの極への優位を持つことになる。

図表1 コルブの学習循環過程
コルブ,1976,p.26。

実証理論の成果

コルブは各能力の大きさを測定し、各次元上でのその相対的な大きさから四種類の典型的な学びの型【収束型発散型同化型適応型】を導いている。コルブの分析によると、収束型は抽象的概念化と能動的実験の能力に優れており、新しい考えを実用化する応用に強みを持っている。技術者に多い。発散型は具体的経験と内省的観察の能力に優れており、新しい考えを生み出すことに強みを持っている。同化型は抽象的概念化と内省的観察の能力に優れており、理論を構築することに強みを持っている。研究部門や計画部門に多く見られる。適応型は具体的経験と能動的実験の能力に優れており、物事の実践に強みを持っている。マーケティング部門や販売部門に多く見られる。

コルブの実証研究によると、各個人が受けてきた教育や専攻によって学びの型が異なっている。教育や専攻が独特な学びの型を形成し、独特な学びの型を有するものがそれに適した学問を専攻する、という両方の関係が相互に作用している。専門的な訓練や経験を積み重ねて、能力の偏った独特な学びの型を発展させると、その学びの型が次第にその後の経験や訓練をその専門に特化させ、さらに能力の偏った学びの型を発展させる。この相互作用は、特定の専門に偏った経験や訓練を積めば積むほど、各能力が同じように要求される創造を困難にすることを示唆しており、年齢による創造能力低下をも示唆している。

学習のサイクルと行為の進行

コルブの学習理論は、循環的な過程として描かれるので、学習が不断に進行し続けることを示唆している。しかし、我々は常に開放的に先入観なく新しい経験に巻き込んでいるわけではない。経験を常に多くの見方から観察しているわけでもない。観察結果を論理的に正しい理論に常に統合しているわけでもない。統合された理論を意思決定に常に使っているわけでもない。満足化原理で選ばれる行為は過去の理論で過去に選択された行為であって、その後に統合された理論は反映されていない。

コルブモデルの各過程を常に生起させることができないのであれば、コルブモデルは学習が生起する際のサイクルモデルであって、学習のサイクルは常に循環しているわけではないことになる。もちろん、そのように学習をモデル化することは可能である。ただその場合、今という時間の進行そのものでもある行為の進行において学習というサイクルを生起させるトリガーについて論考する必要がある。さらには、学習サイクルを行為の進行として記述する必要もあろう。

他方、学習が今という時間の進行と共に生起しているものと考えることもできる。私はこの立場に立ちたい。その場合には、コルブモデルが各過程について記されている特徴については再吟味する必要がある。もちろん、この見方においても、先入観のあるなしはどのように切り替わっているのか、見方の多様性はどのように変化するのかなど、見直すべき点は多い。コルブが学習をサイクルとしてモデル化し、実証分析を行ったという意義は大きいが、学習が進行する姿のモデルとしては課題も多い。次回は、他の論者の主張と比較しながら、学習サイクルの進行についてさらに議論を深めたい。

今回の文献リスト(掲出順)

  1. Kolb, David A. (1976) “Management and the Learning Process”, California Management Review, 18(3), pp.21-31.


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