『学習する社会』#4 1.イノベーションから学習へ 1.3 社会変動について
1.イノベーションから学習へ
1.3 社会変動について
『学習する社会』#3において、経営学や組織論における変化やイノベーション研究に「学習する社会」という見方が必要なことを述べたが、社会の変化についての研究は他の社会科学分野でも進められてきた。特に社会学において、社会変動の研究は主要な研究分野の一つであった。社会学辞典には次のように記述されている。
社会変動とは何か
社会変動論は社会構造の変動研究の中核であり、社会学の分野での社会変動は基本的に大域的な社会構造の変化としてとらえられてきた。構造化理論を提唱したギデンズも次のように述べている。
その上で、ギデンズは次のように総括している。
一時的社会変化と社会変動
それでは、地域や集団などに起きる局所的な社会構造の変化、あるいはファッションやギャグなどが移ろう一時的な社会の変化はどのように位置づけられるのだろうか。『学習する社会』#3で取り上げたイノベーションは社会変動に位置づけられるのだろうか。社会変動論の対象とされる社会構造について、社会学事典には、次のように記載されている。
社会を社会構造から理解しようとする考え方の背景には、社会的な過程である社会現象が社会構造によって律せられているという考え方がある。相対的にとはいえ、恒常的な連関形態ととらえる社会学事典のような立場である限り、論理的には社会構造は変動しないものと位置づけられている。
しかし、社会現象が社会構造を構成する過程も不可欠である。ギデンズは、社会変動について《根底にある構造》の変化と述べているものの、次のようにも述べている。
つまり、ギデンズは構造が社会的な過程を一方的に規定するのではなく、社会的な過程によって構造が形成されていることも指摘している。こうした立場に立てば、局所的であれ一時的であれ、社会における変化は構造変化につながる社会現象と位置づけることができる。
社会変動と学習する社会
遠藤(2009a、2009b)は、伝統的な社会変動論が国家という視点から見た世界の変動として社会変動を捉えてきたとして、<支配的主体>と<被支配主体>の二者関係として世界をとらえることを批判し、社会システムの多重入れ子構造を前提とした複雑な結託/対抗関係の展開(グローバル-ローカル-ローカライズドの三層モラルコンフリクト)として現実の社会動態をとらえようとしている。その上で、文化変動にまで議論を拡張し、ブームや流行といった集合的な沸騰現象を社会・文化変動にとって重要な社会的装置として評価している。これは、皮相的であったり、局所的な変化であったりしてもそれらが構造的変化、大域的変化に影響していくことの主張であり、そうした目に見える変化の結果として構造的変化を捉えるという主張でもあろう。
強固で変化しがたい構造をも変化させる大変動のみをとらえようとする伝統的な社会変動論ではなく、皮相的な変化や局所的な変化によって形成されていく構造的変化を捉えようとする新たな社会変動論は、共時的には異・同として包括的に把握すべき異が時間の経過と共に常になるという経時的推移をとらえる見方(図表1)をイノベーションの議論と共有している。
共時的な異・同が経時的に異から常に変化することは異だけに注目することではない。何か新しいモノやコトが現れる際には、その新しいモノやコトはその出現以前と同じ部分と出現以前とは異なる部分を同時に内包している(共時的な異・同)。時間経過の中で異が常に変化する(経時的に異から常)ということは、時間経過と共にそれが出現する以前とは異なっていた部分が当たり前になることであり、当たり前になった以降に提供されるモノやコトが提供以前と同じ部分だけから構成されるようになることである。
異・同の共時的包括性が異⇒常というように経時的に推移するという「学習する社会」の視角では、社会変動をも学習過程と見なせることになる。イノベーションを学習過程と見なす「学習する社会」の視角によって、経済やビジネスという視点に制約されてきたイノベーションの議論を社会変動や文化変動と同一の地平で議論することが可能となる。イノベーションの議論のみならず、社会変動や文化変動など、変化に関する多様な研究成果の交配を可能にすることにも「学習する社会」という見方の重要性を見ることができる。
今回の文献リスト(掲出順)
見田宗介/栗原彬/田中義久編(1988)『社会学事典』弘文堂
Giddens, Ansthony (2006) Sociology, 5th ed., Polity Press. (松尾精文/西岡八郎/藤井達也/小幡正敏/立松隆介/内田健訳 (2009)『社会学 第五版』而立出版)
遠藤薫(2009a)『聖なる消費とグローバリゼーション(社会変動をどうとらえるか 1)』勁草書房。
遠藤薫(2009b)『メタ複製技術時代の文化と政治 (社会変動をどうとらえるか 2)』勁草書房。