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響き

名前を呼ばれたような気がして上を見上げた

窓から見えるのは大きい杉の木

風に揺られ、揺さぶられているその先端に

誰かが必死でしがみついているような気がした

いとうせいこうさんの想像ラジオという小説がある

主人公は海沿いの小さな町を見下ろす杉の木のてっぺんから

ずっと想像ラジオで喋っていた

今僕が見上げているあの杉の木のてっぺんにもそんなDJがいるのかな

たまに僕と波長が合うから

僕はあの杉の木を見上げてしまうのかな

叫びたくても声が出ない、そんな夜

月明かりにシルエットで浮かび上がるその杉の木は

いつも風に吹かれて右へ左へしなっている

あそこから放送するのは大変だろうと思うけど

だから遠くに届いているかもしれない

目を閉じてチューニングを合わせてみる

音にならない響きが

頭骨の内側で静かに余韻を伝える

一生懸命聴こうとするのに

どうしてもその響きはかたちを結ばない

目を開けてもう一度杉の木を見上げてみる

焦らなくてもいいね まだ時間はたっぷりある

また波長が合うまで

静かに一番幸せだった子供時代の記憶でも思い出していようかな






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