文字を書くことは嫌いじゃありませんでした。 小学校の時に夏休みの宿題に自分で作った詩集を提出するような思い込みの強い子供でした。 中学に入って最初の国語の授業で先生が、突如として言葉について語り出しました。 先生が情熱を以って語ったのは、言葉というのは人間の感情のドロドロを具体化し、抽象して表現するものであること。 だけど言葉は言葉に過ぎず、人を罵倒する「バカ」という言葉も、“正直ものが馬鹿を見る”を地で行くような真面目な働き者に対して「お前バカだなあ」というときの「バカ」は
正直言えば後悔がたくさんある でもここまでの人生悔いなし っていつも言ってる やせがまん 前向きに生きた方がいいっていつも言われてきて ちょっと疲れちゃったかも 年齢を重ねると疲れも折り重なって重くなる 弱音を吐くことはいけないことじゃない ってまた誰かが言ってる もうどっちでもいい 放っておいてくれ 僕のことは僕がなんとかするし なんともできなかったらそれで終わり それでもきっとすごく不幸じゃないから
落ちていく 落ちていく 誰かの手のひらの上に落ちていく その場所で掬ってもらえれば良いのだけれど その手のひらは受け止めてはくれずに 落ちていく 落ちていく 距離をあけられた友達と 仲直りをする夢を見た 勝手に離れていき 勝手にまた近づいてくる なんて自分勝手なやつなんだ と思いながら目が醒める 思い出多き友人と離れたままがいいのか それとも近づくのがいいのか そんなことを寝覚めのベッドの中で ぼんやりと考えている その友人がいなくても僕の人生はなんら変わるところはない
何が起こっても凛としていたいと思ってた 人生は自分で決められるようで決めることができない それがわかった朝 僕は凛としようと思っても心乱れて止まず その難しさを知った そもそもなぜ凛としていようと思ったのか 人からかっこいいとでも思われたいからか 晩節を汚すという言葉がある 人間 死を前にするとジタバタするものだ 残された時間が見えてくると何かを何とかしたくなる それを責めることができようか 結果が芳しくなかろうと人間はもっと幸せになりたいから 凛としてはいられなくなる そ
山ふかみ春ともしらぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水 式子内親王は春を詠んだ 春がやってくる 全てを覆い尽くしていた雪が解け 全てがあらわになる 今遠くの戦場を思う 山深い場所で砲弾が飛び交い 樹々も人も建物も破壊されている 永久凍土の荒野に流れる血は その大地を溶かすことなく乾いていくだろう 春が来たとも知らぬ兵士が待つのは 声の届かぬ場所にいる家族からの便りか 平和の呼び声か 思うこと 時を超えて誰かに伝わる その風景と感情は 今誰かの頬を伝わる涙になる 昴に別れ
今この瞬間は次の瞬間に消えていく 新しく何かが生まれて 今ある何かが消えていく ただただそれだけなのに 今この瞬間を過ごすあなたのことが 愛おしくてたまらないから この瞬間の果てに 僕がいなくなっても あなたの記憶の中に僕がいてほしい 僕はあなたへの愛おしさだけをたよりに 消えていく時間を慈しんでいる この世にこんな感情があったなんて あなたと会うまで知らなかった 僕の想いを受け止めて いつかあなたはあなたの愛おしい人を授かり その想いを伝えていくだろう 消えていく時間も 僕
当たり前のようにメールやメッセージで「元気ですか?」と書く 「相変わらず元気です」と返ってくる それが当たり前だと思っていたが 人生が深まるに連れ 元気じゃない人も多くなってきた しばらく入院していたとか 「飲みに行こう」と誘えば 「大病をしてから禁酒してます」なんて返ってくる 中には元気も何もなく ふっと居なくなってしまった人もいる まさに“会いたい時に君はいない”だ だから今さらだけど 「元気?」と訊いて「元気」と返ってくるなら その人となるべく早く会うことにしてる 「あ
女の子が写真を撮られる時にピースする ピース ピース ピース 誰が始めたのかこのサイン 人差し指と中指でV字を作ってみせる そう、Vサインとも呼ばれる勝利の印でもある 勝利のサインと平和のサイン 裏腹の関係のようでもある ひとは戦わずして平和を勝ち取ることが出来ないのか 平和と戦いは裏と表なのか 人類の永遠のメビウスの輪 戦いの後に訪れる平和と安堵 スポーツならばノーサイドだけど 誰かが命を落としたのならばそうはいかない 眼には目を歯には歯をのバッドスパイラル グルグル回る僕
冬が壊していく街を少女が歩く 街灯は凍てつき 高いビルの石壁は見上げても黙りこくるばかりだ 見た目は変わらないのに もう壊れてしまったガラスの扉の中は 時が止まったような少女の周りの世界のようだ 壊れていくことは始まること 誰かが言っていたけど それを今の少女は信じることが出来ないでいた 壊れた場所の自分はここで終わって消えてしまい 始まりの喜びを享受するのはまた別の人なんだと少女は思う 私の世界は壊れてしまった その瞬間ラッパの音が鳴り響き 破壊は始まった 壊れてしまった私
君はどこへ行くのか 時代の風に乗り 流されているのか 乗りこなしているのか その風を捕まえることが出来たのか ただ今を生きているのか 行き着くところはどこか そこは目指した場所なのか 導かれた場所なのか 思いもよらぬ場所なのか 今は知るよしもない ただ前へ進むのみ 振り返っても見えず 前を向いても見えず 君が乗っているは風なのか波なのか 吹く風を読み 来る波を読み 千載一遇とばかりに乗るだけさ 風待ち波待ち 動かぬときもある そのとき君は自分に選択肢がないことに気がつく
細かく振動する秋が過ぎ その震えはさらに細かく冬になる そこに歯を当てれば振動で歯茎が痛み 耐えられない沁みに苦痛に奥歯を噛み締める きっと来る春のことなど考えられずに ただひたすらに痛みに耐える 何かを見ていられなくなり目を瞑り ただ感覚を研ぎ澄まし さらに大きくなる痛みに集中する その痛みは刃物で肌を切り開き肉を抉る痛みとは違う 極寒の極地に投げ出されたかさぶたの禿げた傷口のような痛みだ ああ嫌だ! 僕は冬を心底愛しているが ああ嫌だ! 零下の世界にはびこる雪の結晶のよう
足元の落ち葉を踏む音が響く 英語ではその音をcrunch crunchと言うようだ 日本語だったらサクサクか 季節外れだがプールに飛び込む音はsplash 日本語だったらドボンとかバッチャーンとかか そんなことを考えながら秋の終わりの公演を歩く 葉が落ちて見通しの良くなった木々の隙間から港が見える 見上げれば全体に広がるうろこ雲 肌に触る風は少し厳しく冷たい 巡る季節をあと何回と数えてみる とても好きだったピアニストが病に侵され 見る月をあと何回と数えていたことを思い出す そ
ハサミで枝から切り離されたみかんは 皮が硬くて指が入らない 無理やり親指を入れて剥くと そこからは何故か素直に剥かれていく 二つに割ってそのまま一つを口へ 歯で一袋をちぎり噛み締める まだ緊張したその果実を包む膜の厚み 力で破れば中から若い果汁が迸り もぎたてなのに歯に冷たく滲みる 太陽の恵みを受け足りず もっと育ちたかったと言う思いが伝わってくるような 熟せぬその酸味は舌に突き刺さる その遠くから甘みが顔を覗かせて 柔らかに広がりすぐに消えていく 嗚呼 今日も生き急ぐつもり
学生時代に通っていた居酒屋をテーマにした展示が母校であった。 何年ぶりだろうか、通っていた頃にはなかった大きな校門をくぐり、 旧図書館の2階にある展示室に向かう 僕が着いた時点で一人の見学者がいて 流されている映像素材を熱心にスマホで撮影していた 映像で流れているのはかつてのご主人。 現在は御歳九十歳を超えているという。 その居酒屋はビルの建て替えに伴い閉店 しかし近所に場所を借り移転営業をするはずだったが、 2代目のご主人が急逝 その移転営業は幻と消えた その店はOB会の場
イヤなんだよね あなたは言った 僕はその言葉をただただ聴いているしかなかった イヤなんだったら逃げればよかったんだけど逃げられなかった それを聞く僕の心は歪んでいく あなたの苦痛を僕はわかることはできないだろう 体験はその人のものだから 僕はそれを追体験することはできない だから結局人と人はバラバラだし別々だし 人の身になるなんて所詮無理なことだと 流れ弾に当たって死んだ人の無念を追体験しようと思っても 結局はフェイクに過ぎない 人間は結局、真の意味でわかりあうことなんかでき
僕という日は過ぎゆく 遠いあの日 あの時部屋に聞こえていた音楽と同じだ あの時と同じように僕は響き続けている 後悔だけはするものかと 若い僕は前へ進んだ その気持ちにやっぱり後悔はない それでよかったと過去をなぞる もしも古い畳がささくれるように 自分で決めた選択が間違っていたと 毫も思わずきたのに その小さな毫が大きい破れとなっていく恐怖 だからもう引き返せないと自分に言い聞かせ 過去を否定する甘美なる誘惑に抗う 僕は川 生きるがままにさらなる河となり 海へ注ぎ込む 僕は僕