背広のズボン
直しをお願いしていた背広のズボンを取りにいった
この店で年末に背広を作り出来上がったものを着たら
どうもしっくり来ない
それで年明けにもう一度店に背広を持ち込み
直しを相談してズボンの丈を伸ばすことにした
店の女主人は不本意だったようで
「これ以上縮めると見え方が」とか
「ああ立ち方に癖があるんですね記録しておきます」とか
「直すにはお代金いただいてます」とか
すごく直したくなさそうで
自分の採寸に相当の自信を持っていたのだなとぼんやり感じる
通りがかりに良さげに思って飛び込みで背広を作ったこの店は
結構な老舗らしく確かに筋はいい
でもなんかしっくり来ないんだ
それはきっとこのプライドが鼻についたからかもしれない
それだけ言うなら魔法のような着た瞬間に
空を飛べそうなくらいのを作ってくれよと
思っていたのかもしれない
直しのズボンを試しに履く
女主人の愛想は今日もやはり悪い
でも僕が「いいですね」と言った瞬間に笑顔になった
この50歳は軽く超えているであろう彼女が
安堵とプライドの入り混じったいい笑顔をする
僕も何だか嬉しくなって
ズボンを受け取って外に出ると
冬の澄んだ空が暮れていくところで
遠くの皇居が茜色の空にシルエットになって
ふと僕が透明になったような気がした