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短編小説【がじゅまるの樹】~song by cocco~

太陽を背にしたこの大樹を、陽射しの強い夕暮れ時に初めて目の当たりにした時、この根元に埋まりたいと思った。この樹に還りたいと強く望んだ―

父の三度目の法要が終わり、暑さで滲むようにへばり付く喪服の胸元をパタパタと扇子で仰ぎながら数珠をバッグにしまう。父の法要は毎年、夏になると湿気はあまり感じないが、驚異的な暑さを醸し出す、国内では最南端の田舎にある拓かれた土地で行う。これは彼が唯一残した「遺言」だった。

先祖代々、開拓者の一族だった父は、母と結婚して自分が育った環境とは全く異なる、最北端の大地に身を置いた。お互いに最北と最南という夢のように掛け離れた地で育った二人が大都会の片隅で、どういう訳だか学生時代にアルバイトを始めた花屋で出会った。

その花屋は、裏通りを少し入った場所に長年佇み、独特の色香を放つレンガ造りの建物だった。店主のアンティーク好きが良く知れる、古き善きモノたちに囲まれた店内は、和らぎと好奇心を掻き立てる。おおよそ、花屋らしくはなく、一見Barか喫茶店のようにも見える。そんな雰囲気に惹かれ、飛込みで働かせて欲しいと店主に懇願した母も、なかなか気骨がある。

そんな母が働き始めた頃、切り花や鉢植えの植物たちの名前を覚えようと毎日店内を、掃除しながら観察していた。しかし、どうしても一つだけ不思議な観葉植物があり、気になって仕方がない。同じ名前が付いた同じ種類だと思われる鉢が何個もあるのに、少しずつどれも形が異なっているのだ。葉や幹の感じの質感は似てはいるが、少し細かったり太かったり、丸かったり尖っていたり、色も薄かったり濃かったり…。今こそ店主に聞いてみようと決意したが、そんな時に店主は配達に出ていない。

あまりお客さんは多くなく、どうやって売上を上げているのかよくわからないお店だけど、経営は安泰のようだ。そんな中、このお店にはあまり見かけないタイプのお客さんが、いつの間にか立っていてぐるっと首を回転させ店内を見回した後、天井を仰ぎ見ながら「ふふっ」と笑った、小さく。

体格が大きく、もこもこと筋肉が盛り上がる背中がとても印象的だった。一体何を見て、思い笑ったんだろうかと気になる。

「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
「あぁ、はい…探してました、ずっと」
「?…切り花ですか?鉢植えの商品ですか?」
「いえ、あなたを」
「はい??」
「あなたを探していたんです、多分」

さっぱり訳が分からない。もしかして、ちょっと危ない人なのだろうか…と、返事を考えあぐねていると…

「ただいま~、あ、お客さんかな?いらっしゃい」
と言いながら、大量のたい焼きが入った紙袋を両手に持ち、配達に行ったはずの店主がにこりと笑って帰って来た。すたすたと、その少し不思議なお客さんの前まで行くと「はい、今日お店に来てくれた記念にどうぞ。焼きたてのたい焼きです」と、店主はそのお客に紙袋ごと手渡した。

「たい焼きは大好物です!ありがとうございます!」
「わぁ、それなら良かった。配達に行ったんだけど、大量に頂いてしまって困ってたんだよ、こちらこそ貰ってくれてありがとう」
「いえ、貰っておいて唐突にこんな事をお願いするのは何なんですが…僕をこのお店で働かせて貰えませんか?」
「君もか・・・」
「え、他にも誰か?」
「うん、彼女」
「え、あ、すみません・・・」

「・・・うん、いいよ。ちょうど配達してくれるコが欲しかったんだ。君たちが二人でいてくれれば、僕も他に回れるし助かるから」
「え?店長、いいんですか?今日初めて会った方ですよ?」
「うん。君にも初めて会った時に決めたから」
「よろしくお願いします!!」

両親の馴れ初めは、そんな不思議な出会いだったらしい。二人とも学生だったから、授業が終わるとアルバイトに精を出し一緒に居るのが自然で当たり前のようだったと、母は語ってくれた。

それともう一つ、父との繋がりに奇妙な縁を感じたのは「話し方」だったそう。お互いに一つの国の端から端まで離れた地で生まれ育ったのに、話し方が似通っていたから多少の方言でも何故か理解できたと言うのだ。単語の意味はわからなくても、その内容がわざわざ聞かなくても理解できていた、と。

父と初めて出会った時に、一体何を見て笑ったのか聞いた事があるの?と問うと母は少し考え、ふっと柔らかく笑って・・・
「あぁ、あれはね、お店の前を通りすがろうとしたら、誰かに呼ばれた気がしたんだって。それで、店内に入って見渡したらあちこちに〈がじゅまる〉の樹が置いてあって、その樹々に住み着いていた妖精?みたいなもの達から、お前の探し物はここにあるよ、って口々に吹き込まれたらしいの。私が唯一名前がわからなくて、ずっと不思議がって毎日観察していた、あの鉢植えたちがその〈がじゅまる〉だったんだって」

父は、最南の地でその樹々たちと共に暮らしていて、その樹々には妖精が住むという。本当に聞こえたのか、母を口説くための言い訳だったのか今となっては知る事ができないけど、繋がってたのかな、何処かで。

母は、そう話してくれた1年後に急死した。原因は不明だが、父の手を握ったまま朝起きる事無く眠るように逝ってしまった。21歳の夏。そして、母が亡くなってから父も何かしらの覚悟を決めていたのか・・・その2年後、同じように父も急死を遂げた。死ぬ間際まで、二人だけで約束でもしていたのだろうか・・・。

父の死後、遺品を整理していたら分厚い植物図鑑から、遺書が出てきた。内容は、こうだった。

愛する私達の娘へ
私の死後は、妻の遺骨と共に生まれ育った最南端の所有地にある樹の下に、埋葬して欲しい。
先人達が築き代々受け継いできた、広大で自由な地がある。そこは、楽園だ。眼前に広がる海を見下ろすように樹々が連なり、護ってくれる。
その樹々の前で、毎年質素な法要としてお前の顔を見せに来てくれないだろうか。

ある大樹の根元に、2人分の遺骨が納められる墓を施してあるから、そこに私達を眠らせて欲しい。その土地も、全てお前が受継ぐ事になるが、現在土地の管理はある人物に全て任せてあるから、不安な事は何も無い。お前の好きに使えば良い。

お別れを言えずに去る事をどうか許して欲しい。私達は、奇妙な形ではあったが確かに繋がり、お前という素晴らしい娘に出逢えた事を誇りに思う。毎年、顔を見るのを楽しみに待っているよ。
どうか、素晴らしい記憶を持ったまま、思う通りに生きなさい。いつも見守っているから。_

…遺書なのか、手紙なのかよく分からない物ではあったが、遺してくれていて嬉しかった。二人が亡くなり、もっと落胆するのかと思っていたが、なんだか今までの事に腑が落ち、妙に納得して二人が幸せだった事に安堵した。

そして驚いたのは、土地の管理を任されていたのは両親が出逢ったという、あの花屋の店主だったという事実だ。実は、その店主も開拓者の一人で、初めて出会ったあの時、店の樹々にこの青年も同じ生まれだと教えて貰っていたという。父は、後々その話を聞かされたようだ。

そんな縁もあり長年に渡って、その店主とは信頼を深め交流を続けていたらしく、現在はその店主と彼のお孫さんに全ての土地の管理を任せてあるから、安心して訪れて欲しいと。連絡先を書いたメモが申し訳なさそうに挟まっていた。その地に赴けば、会えるのかもしれない。

そう思ったら、いても経っても居られず、飛行機に飛び乗り、思うままにその地へ向かった。出かける直前、メモにあった連絡先に、恐る恐る手を伸ばし、電話をかけてみた。数コールで相手が出たけど、まだ若そうな声をした男性だった。

名前を告げた途端
「あぁ、その時が来たんですね」と、一言発して「いつ来られそうですか?」と、尋ねられたので「今から向かいます」と言うと「分かりました」との返事。

地図と住所を送るので、アドレスを教えて欲しいと言うので、早速送っておいた。
「こちらの住所へ向かって下さい」とだけ書かれ、付近の地図が添付されて送り返されてきた。

何もかも手際が良い。予め父は、こうなる事を予期していたのだろう、全て私がその時に迷わないようにテンポ良く事が運ぶ。そして飛行機に飛び乗った私は、言われた地へと向かう。

飛行機を乗り継ぎ、小さな島へと渡った私はそのどれも見た事のない風景に唖然とした。自然が自然らしく、蒼然と輝き大海原に夕陽が沈み入りそうなその風景を、父が毎日見ていたであろうその景色を、この目に焼き付けながら目的地へと向かう。もちろん、二人の遺骨と共に。

地図には、道と思われるものがあまり無く小さなレンタカーを借りて向かった。父の言う通り、眼前に広がる大海原を見下ろす場所に、小さな白い木製のブランコと、大樹が私を待ち構えていた。
「お父さん、還って来たよこの地に」と、樹々の中でも特別大きく根を張っているだろう大樹の前に、二人の遺骨を並べた。

すると、何処から現れたのか背の高い青年と呼ぶにはまだ幼そうな顔立ちをした男性がこちらへと近づいてきた。
「初めまして。ご連絡頂いた管理者の助手です」

花屋の店主に会えるのかと思っていたが、彼は高齢でなかなか外には出られないそうだ。ただ、花屋での三人が写った写真を見せられた。若き日の父と母、そしてこのお孫さんだという彼によく似た店主。温かく柔らかい、幸せそうな写真を見て、今まで流せなかった涙が頬を伝う。

「あなたが来るのをお待ちしてました、ずっと」
と言いながら、優しく力強くそっと抱きしめてくれた彼に懐かしさを感じ、嗚咽を上げて泣いた。
今までのどうしようもない理不尽さが、堰を切ったように溢れて止まらなかった。

「やっと声を上げて泣けましたね」と、優しく微笑む彼を見て、あぁ、私は泣きたかったのか、と妙に納得した。きっとこれからもこの縁は続く。だから、父はここへ私を呼んだのだ。「記憶を持ったまま」彼に会えるように、また導いてくれたのだ。

お父さん、お母さんありがとう。私を創ってくれて。あなた達の娘に生まれてよかった。私は、まだ生きていける。このままずっと、縁を繋げていくからね、と二人の前に誓った。

母も大好きな父と一緒に居るはずだ。
この大きながじゅまるの樹の下で。

End

【あとがき】

大好きな曲のタイトルから連想した物語です。
曲や歌詞とは、何ら関係ありません。











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