Sports Biomechanics Geek #3 〜トレーニングの力学的評価〜
トレーニングの方法やバイオメカニクスに基づいたトレーニング論の書籍などを見ていると,物理的に曖昧であったり正確でないものが目立つ.このため,本稿はトレーニンングの力学的側面にフォーカスし,評価方法などの物理的意味を問い,整理をおこなった.ただし,新しいトレーニング論や方法論について言及するものでもなく,目新しさはない.従来の方法を否定するわけでもない.しかし,もしこのような整理をブラッシュアップし,計測環境やソフトウエアなどが整備されれれば,競技の練習も含めて,運動の強度・量・質などを俯瞰して管理できるのではと考えた次第だ.
トレーニングの物理的意味
ここではスポーツなどの運動におけるトレーニングを,「物理刺激に対する,筋肉の生理学的な適応」と捉える.この定義は今後の議論を進めるうえで都合よく定義しただけで,ひとつの捉え方にすぎないことに留意していただきたい.
物理刺激はバーベルなどの「身体外部」の負荷(load)(補足1)を介在し,筋レベルで入力し,出力は筋肉自身や心肺機能などで発生する.したがって,先程の定義にしたがいトレーニングをより正しく理解するためには,本来この議論は力学では閉じないが,ここでは生理学反応については議論の対象外とする.
入力を記述する際,トレーニングの強度や量を定義することは重要だ.しかし,一般にトレーニング論で語られる強度,量などの定義は曖昧なことが多い.ここで明確にすることが本稿の目的である.ただしトレーニング論が専門ではないので,もし誤りがあればご指摘いただけると幸いだ.
繰り返しになるが,トレーニングの入力として強度の定義がどのようにあるべきかは,前述の定義にしたがえば力学だけでは定まらず,生理学反応に依存する.たとえば,いくら大きな力を発揮しても,いくら速度を上げてバーベルを挙上しても,もしその後の筋肉の反応に違いがなければその物理量はトレーニングの強度を表す指標としては無意味だ(実際にはそのようなことはないのだが).このように本来は力学だけで閉じることができないが,ここでは力学の立場だけからの考察を行っている.生理学反応や適応については検証はしていない.
また,トレーニングは特定の運動の能力を向上させる目的で行われることが多い.ジャンプ力やスプリント能力を向上させるために,自転車のトレーニングをする人はあまりいないだろう.競技特性や運動の生理学的,または力学的特徴が実際の競技などに近い状態で行うのが普通で,運動の目的にそうような方向で運動能力が向上するように適応することも重要だ.競技特性を力学的に特徴づけることが大切だ.
そこで,本章と次章で以下の二つの課題
トレーニングの強度や量は物理的にどのように記述すべきか?
トレーニングの力学的特徴(質)はどのように記述すべきか?
について考えていく.本章は前者が中心となり,次章で運動の力学的特徴の記述の仕方について述べていく.
トレーニング強度の記述は力・トルクが基本
トレーニングの強度,量,総トレーニング量の関係は,大雑把に,
$${総トレーニング量 = トレーニング強度\times回数(頻度)}$$
と考えることができる.
トレーニング業界において「負荷」という用語がしばしば使用されているが,負荷の定義は曖昧で,工学などと異なっていることに注意されたい.ここでは補足1にしたがい,負荷を「身体外部」の機械システムの対象として考えており,物理量や指標としては考えていない.負荷と物理量との対応が不明瞭なので,ここでも機械力学的にこの用語を用いていく.すなわち,弾性負荷,質量負荷のような用い方をする.
ウェイトトレーニングにおいてトレーニングの強度(intensity)に関する記述法は古くから確立され,その代表的な指標がRM(repetition maximum)である.これはバーベルなどの負荷の質量に対して何回反復して関節運動を行うことができるかによって運動強度(重さ)を決める方法である.
釈迦に説法であろうが,1RMは「1回だけ反復できる最大の筋力」であり「最大挙上重量」であり,これが強度の基準となる.10回だけ反復できる質量が10RMに相当する.
RMと質量とトレーニング効果や質の関係の目安は,たとえば
$$
\begin{array}{|c|c|c|} \hline\\
\text{RM} & 強度(1\text{RM}に対する重量の割合)\% &効果\\ \hline\hline
1 & 100 & 最大筋力 \\ \hline
3〜4 & 90 & 最大筋力 \\ \hline
8〜10 & 80 & 筋肥大 \\ \hline
12〜15 & 70 & 筋肥大 \\ \hline
15〜20 & 60 & 筋持久力 \\ \hline
20〜30 & 50 & 筋持久力 \\ \hline
\end{array}
$$
のように示されている(Pasonaより).この表は恐らく統計的か経験的に得られたウェイトの質量に関する強度の指標で,細かい数字は出典によって多少異なる.
RMの記述における基本的な物理量は,重量と呼ばれることが多い.ウェイトの質量を$${m}$$,重力加速度$${\bm{g}}$$とすると,力学ではそれはウェイトの重力$${m\bm{g}}$$が,RMによるトレーニングの強度に相当する.つまり力(force)だ.これは物理的に素直な強度の記述方法と思われる.
このことからも,恐らくトレーニング強度を記述する物理量として,いまのところ「力」が適切である.そこで,以下では「力」をトレーニング強度の入力指標として考えていく.
入力として物理刺激としては「力」が,筋肉の生理学的な応答(出力)を考えていくことが基本となると思われ,実用性はともかく研究では,まず「力」に対するる筋肉の応答・適応を観察していく必要があるという考えであるが,検証が必要だ.
パワーと速度について
トレーニング強度を記述するための指標として,運動量$${m \bm{v}}$$,仕事$${\bm{f}^T \Delta \bm{x}}$$,その時間微分であるパワー(仕事率)$${\bm{f}^T \bm{v}}$$は適していない.ここで,$${\bm{v}}$$はバーベルなど物体の速度,$${\bm{f}}$$は物体に作用する力,$${ \Delta \bm{x}}$$は物体の移動量である.
これらが「トレーニング強度の指標として適していない」理由は単純だ.もしアイソメトリックトレーニングのように大きな力を発揮しても運動$${\bm{v}}$$や移動$${ \Delta \bm{x}}$$が発生しない(速度や移動が零)状態では,運動量も仕事もパワーも零となる.しかし,アイソメトリックのように速度が零でもトレーニングとして成立している.一般的には速度の関数でトレーニング強度を記述することは適していない.速度はむしろ運動の特徴を表し,どれだけ負荷を効率よく移動させるかに関係した物理量である.
速度やパワー自体はトレーニングの強度を記述することはできないが,VBT(Velocity Based Training)では1RMの推定に利用されているようだ(資料1).この資料によれば,負荷の質量と挙上速度は反比例し,バーベルの速度からRMの強度を正確に推定することができ,危険な1RMの測定を行うことを避けられる.つまり,VBTは負荷の速度を間接的に用いているが,基本的には最大挙上重量にもとづいた,すなわち負荷の重力$${m\bm{g}}$$に基づいた強度の評価を行っていると理解をしている.
パワーは一般的な強度の指標には適していないが,このように運動を限定すると,パワーは運動強度を生理学的な出力と関連付けて評価することには利用されている.たとえば,自転車競技の専門家に教えていただいたのだが,自転車競技ではFTP(Functional Threshold Power)という指標が用いられる.前述のRMと似た概念だが,100%のFTP値は「1時間継続できる上限の平均パワー値」で,ある特定のテストを行って算出する.力ではなく負荷レベルのパワーで判定する.これを基準に以下のパワートレーニングゾーンと呼ばれる生理学的な応答の区分を与えている.
$$
\begin{array}{|c|c|c|} \hline\\
\text{レベル} & \%FTP比 &効果\\ \hline\hline
L1 & 55 & 回復走 \\ \hline
L2 & 56〜75 & 耐久走 \\ \hline
L3 & 76〜90 & テンポ走 \\ \hline
L4 & 91〜105 & 乳酸閾値 \\ \hline
L5 & 106〜120 & 最大酸素摂取量 \\ \hline
L6 & 121〜150 & 無酸素性運動容量 \\ \hline
L7 & 151〜 & 神経筋パワー \\ \hline
\end{array}
$$
このように自転車競技では,負荷部のパワーを指標とすることでFTP値を推定し,それをパワートレーニングゾーンという生理学的な運動の強度を区分けする指標として利用されている.そもそも自転車競技は自転車を移動させる競技で,競技力の力学的評価としてパワーはそのものである.
強度そのものではなくても,運動の特性が定まっていれば,生理学的な強度を推定する道具となるのでそれを計測すること自体は決して無駄ではない.
これらの方法は速度やパワーを介して,各個人の相対的な運動強度を推定する方法である.ここでは,最終的に運動強度は力で,総トレーニング量は力積で記述するのが基本と考えているが,強度を推定する道具として,このように力を計測せずにパワーを介して生理学的な強度を推定する方法は存在する.入力である筋肉への刺激よりも,生理学的な応答だけに関心がある場合は,このような方法で十分だろう.
また,力と速度の積である仕事率(パワー)$${P = \dot{E} = \bm{f}^T \bm{v}}$$はトレーニングの強度を記述するためには適していないことを述べたが,力と速度の比は運動の力学的特徴を記述する指標となる.このことは次章で述べていく予定である.
トレーニング強度の定義
重量は地球が負荷を引っ張る力
バーベルの挙上運動のようなトレーニングを考える.このとき負荷(ウェイト)に重力という一定の力を発生する.しかし,我々が知りたい力は負荷側ではなく,「ヒト側に作用する力」である.そして運動中,ヒトと負荷の間に作用する力は時間変化する.つまり時間$${t}$$の関数になる.RMで用いられている一定の重力$${m\bm{g}}$$(地球が負荷を引っ張る力)ではなく,物理的にはヒトが負荷に与える力$${\bm{f}(t)}$$のほうがトレーニングの強度の表現として適切だ(図1).
負荷強度:ヒト–負荷間に作用する力
このことを負荷(ウェイト)の運動方程式
$$
m \ddot{\bm{x}} = \bm{f} + m\bm{g}
$$
で考える.ここで,$${m}$$は負荷の質量,$${\bm{x}}$$は負荷の位置ベクトル,$${\ddot{\bm{x}}}$$は負荷の加速度ベクトル,$${\bm{g}}$$は重力加速度ベクトルである.そこで,ヒトが負荷に与える力$${\bm{f}}$$
$$
\bm{f}(t) = m (\ddot{\bm{x}}(t) - \bm{g})
$$
が得られ,この時間$${t}$$で変化する力$${\bm{f}(t)}$$をトレーニング強度として考える.図1では左右の力が別々に作用するので,この場合は$${\bm{f}_r + \bm{f}_l = m (\ddot{\bm{x}} - \bm{g})}$$と考えれば良い.いずれにせよ,ヒト(手先)–負荷間に作用する時間$${t}$$の関数である力$${\bm{f}(t)}$$で強度を考えるほうが懸命だ.
なお,この式で示した負荷に作用する力$${\bm{f}(t)}$$はその加速度$${\ddot{\bm{x}}}$$と重力加速度$${-m \bm{g}}$$の和で記述され.これは幸いモーションセンサで手軽に計測できる.
そして,この負荷とヒト間に作用する力$${\bm{f}(t)}$$を,「負荷強度」と呼ぶことにする.
余談だが,以前,スミスマシンで計測する際の負荷強度$${F}$$(ヒトー負荷間の力,図2参照)と仕事率に関する研究をJISSで行った(文献1).スミスマシンはプーリーを介して負荷質量と接続されている.ヒトと負荷間の力は負荷の加速度だけでは定まらず,バーベルのような場合と大きく異なる.ご興味があれば参照していただきたい.動かせばわかるが,少し異なる負荷抵抗である.このような特殊な例でも共通した指標で,負荷強度を表現することが大切だ.
なお,RMや負荷の質量がトレーニングの強度として「実用的に」適していないと否定したいわけではない.そのほうが簡便であり,長年利用されてきていて経験の蓄積があるだろう.1RMは相対的に最大の能力を知るうえで重要な指標であることに間違いない.
しかし,トレーニング刺激としての物理的により適切で意味のある強度の表現は,負荷–ヒト間に作用する力だろう.
負荷強度は動かし方(加速度)に依存する
力を定める式
$$
\bm{f}(t) = m (\ddot{\bm{x}}(t) - \bm{g})
$$
からも,負荷の質量(重力)との大きな違いは,重力加速度と負荷の加速度に比例し,一定ではなく負荷強度が時間変化することには注意をされたい.
関節強度:関節に作用するトルク
しかし,負荷強度である力$${\bm{f}(t)}$$はあくまでも,「負荷を動かすための力」である.筋肉に作用する力ではない.生理学反応は筋肉で起こるので,筋空間や関節空間レベルのトルクで考えるほうがより適切だ.そこで,トレーニングの強度として,身体側,特に関節レベルでの強度を考える必要がある.あまり,しっくりこないが,ここではこれを「関節強度」と呼ぶこととする.
ここで関節に作用するトルクは姿勢で大きく変化することを示す.両手で保持するバーベルの挙上運動(ベンチプレス)において,左右の手間の距離の違いは,関節の姿勢(角度)の違いを発生する.図3(a)のように左右の手間の間隔を短くすると,肘関節への負担が増え,図3(b)のように間隔を肩幅ぐらいにすると,主として肩関節まわりのトレーニングになるだろう.持ち方(姿勢)によるこの違いはかなり大きい.
特異姿勢と呼ばれるもっとも極端な姿勢での例も考えてみよう(図4).腕を真っ直ぐ鉛直上方に伸ばた状態でバーベルを保持すると,肩関節や肘関節に作用するトルクはほぼ零となる.このことも,関節に作用するトルクが腕の姿勢に依存していることを示している.
たとえ負荷における強度(バーベルに作用する力)が同じでも,関節や筋レベルでは姿勢によって異なることがある.このことを考えれば,より厳密にトレーニングの強度を測るためには,関節に作用するトルクで計算すべきだ.
また,図4のような特異姿勢では負荷強度は0ではないが,関節強度,すなわち関節に作用するトルクで評価すると0となることから,より実態を反映する評価方法である.
$${\bm{f}}$$はあくまでもヒト(手先)–負荷間に作用する力であって,力を発揮している(動力源のある)関節空間レベルではそのまま力が発揮するわけではない.トルク(またはそれを筋空間に分配した筋力)がトレーニングの強度の記述としてより適してる.
手先などの負荷強度(力)$${\bm{f}}$$は関節レベルでトルク$${\bm{\tau}}$$に変換され,それはさらに筋空間で筋力に変換される.したがって,筋力で強度を議論するのがよりよいが,トルクと筋力は,余計な拮抗筋の活動が発生せず,関節空間から筋空間へ筋肉の横断面積などに比例し分配されると考えれば,わざわざ筋力で考える必要はあまりないだろう.計算ができないわけではないが,計算モデルが複雑でさほど利点はないだろう.
関節に作用するトルク$${\bm{\tau}}$$で強度を記述することで,「各関節ごとの強度」を記述することができる.図3のようにバーベルを把持する手の位置で,各関節に作用する力が変わることは,実際に感じることができると思うが,同じ負荷強度でも,腕の姿勢でトルクが大きく変化することを考えれば,トレーニング強度は肘や肩などの各関節ごとで記述するほうがより厳密だ.
つまり,トレーニングの強度は,従来は図1の青のバーベル(負荷)の重量(重力$${m \bm{g}}$$)で記述していたが,赤色のバーベルに作用する力$${\bm{f}}$$で強度を記述するほうがベターで,さらに各関節レベルのトルク(黒矢印)$${\bm{\tau}}$$で記述するほうがよりベターだ.
関節強度(トルク)で運動の強度を記述できれば最も良いが,バーベルの挙上などある程度似たような運動であれば,手先レベルでの記述でもよいだろう.しかし,重力$${m\bm{g}}$$ではなく,少なくともバーベルに作用した力$${\bm{f}}$$で記述すべきだ.トルク(黒)ではなく,手先(負荷)レベルの力(赤)で代用しては行けないということにはないが,少なくともこのような違いがあることは認識すべきだろう.
手作力から関節に作用するトルクへの変換
手先に作用する力$${\bm{f}}$$から関節に作用するトルク$${\bm{\tau}}$$への変換は幾何学的な問題だ.力学では静力学と呼ばれる.ちなみに手先などに作用する負荷が大きければ,動的な慣性力は無視できるほど小さいので,静力学による記述で十分だ.詳しくは
などをご参照いただきたい.静力学において,負荷に作用する力$${\bm{f}}$$から関節に作用するトルク$${\bm{\tau}}$$は,姿勢によって,すなわち幾何学的に変換できる.
ウェイトにモーションセンサを取り付けて,さらに腕の運動学的・幾何学的な特徴量が得られればヤコビ行列(Jacobian matrix)$${\bm{J}}$$を用いた静力学関係
$$
\bm{\tau} = -\bm{J}(\bm{q})^T \bm{f}% = -m\bm{J}(\bm{q}(t))^T (\ddot{\bm{x}}(t) - \bm{g})
$$
から関節に作用するトルクで強度を計算できる.この式は腕の姿勢角$${\bm{q}}$$によってトルクが変化することを示している.$${\bm{J}}$$はヤコビ行列で手先に作用する力を関節トルクに変換する行列である.詳細は動かして学ぶバイオメカニクスの27〜31章までに記述しているので,
などを参照していただきたいが,簡便に幾何学的,直感的にその変換を理解する方法を次節で説明する.
関節に作用するトルクの大きさの直感的(幾何学的)理解
たとえば,図6のようにダンベルを片手で挙上する場合を考える.この際,腕は上腕と前腕だけから構成され,手に力$${\bm{f}}$$が作用し,肩関節と肘関節にそれぞれトルクが作用すると考える.
肘や肩に作用するトルク(関節強度)は,手先に作用する力(負荷強度)から腕の姿勢に依存して(姿勢角度の関数で)変換され,数学的にはヤコビ行列で計算されるが,それは
$$
\bm{\tau} = \bm{r} \times \bm{f}
$$
で計算される.ここで,$${\bm{r}}$$は対象とする関節から手先までの位置ベクトル(緑矢印)で,$${\times}$$はベクトルの外積(cross product)である.
トルクの大きさ:力ベクトルと関節から負荷を結ぶ位置ベクトルが構成する面積
このベクトルの外積の計算も面倒かもしれないが,その意味は簡単だ.ベクトル解析において外積はベクトルが張る(構成する)三角形の面積や,3つのベクトルの外積の場合は平行四面体の体積(ベクトル三重積)を計算する.図6左に示すように,もし肩関節のトルク$${\bm{\tau}_s}$$を計算するときは,力ベクトル$${\bm{f}}$$を肩関節まで平行移動し,赤破線の矢印と緑破線の矢印$${\bm{r}_s}$$で構成される三角形の面積(薄青色のエリア)を計算すると良い.
図6右の肘関節のトルクも同様に計算できる.
同じ力が作用していても,関節の位置で大きく変化し,特に手先の位置と関節の位置の左右の位置関係大きく影響することがわかるだろう.図3でなぜ,腕の位置で関節のトルクの違いがでてくるか考えてみていただきたい.
なお,この関節強度を計算するためには,バーベルにモーションセンサを取り付け負荷強度を計算し,さらに腕の長さや,バーベルを握っている位置などのパラメータを入力すれば,モーションセンサだけから関節強度に変換することは可能だろう.
総トレーニング量
ここまで,トレーニングの強度を負荷–ヒト間に作用する力(負荷強度)や,関節に作用するトルク(関節強度)で記述することを述べた.
次に,この強度を蓄積し,トレーンングをどれぐらい行ったか総量をどのように計算するかについて述べていく.
最初に総トレーニング量は
$${総トレーニング量 = トレーニング強度\times回数(頻度)}$$
と記述できることを示し,RMを用いる場合は,総トレーニング量を重力(重量)$${\times}$$回数で記述しているが,より厳密に定義するためには,総トレーニング量は,素直に強度である力やトルクに対する「時間積分」
$$
\int f(t) dt,~~\int \tau(t) dt
$$
で計算するのがよいだろう.積分は力やトルクの曲線が囲む面積を求めることである(図7参照).力の積分は力積(impulse)と呼ばれ,トルクの時間積分$${\int \bm{\tau} dt}$$は力積のモーメント(角力積,angular impulse)と呼ばれる.力積のモーメントという呼び方は
$$
\int \bm{\tau}(t) dt = \int (\bm{r} \times \bm{f}(t)) dt = \bm{r} \times \int \bm{f}(t) dt
$$
と記述することができることに由来する.これは並進運動の力積の回転バージョンに相当し,この式はトルクを一定の半径のモーメントアーム$${\bm{r}}$$を仮定した場合,そのモーメントで記述できることから,この式よりトルクの時間積分が,力積$${\int \bm{f} dt}$$のモーメントとなっていることを示している.
力積や力積のモーメント(角力積)は,質量と回数の積を計算することと同様な意味があり,力をトレーニング強度とするなら,「総トレーニング量」を意味する.力$${f(t)}$$やトルク$${\tau(t)}$$が時間変化しているとき,その面積を計算することになる(図7).
たとえば,バーベルを最後に挙上する際には多くの場合,なんとか持ち上げようと運動はゆっくりとなりがちだ.このような際には長い時間をかけて総トレーニング量が増えるだろう.強度の積分による総トレーニング量の計算はより厳密な量を示す.
モーションセンサ(IMU)で計測する負荷レベルの強度と総量
図8に実際のバーベルの挙上運動の力と速度を示した.被験者はスポーツ選手ではなく,一般男性である.実線が力を,破線が速度を示しており,質量$${m = }$$10kgと15kgの2種類のバーベルを挙上している.この際,バーベルを挙上する最初に反動動作からはじまり,高さが最大になってすぐにバーベルを降ろしている.
ここでは反動動作のあと,バーベルの重力$${m\bm{g}}$$を超えたところから,$${m\bm{g}}$$を下回ったところまで,薄い色で囲んだ.この「面積(力積)を1回バーベルを挙上した運動の総トレーニング量」とすることができる.鉛直方向の力は最大($${f_{z~max}}$$)で重力$${m\bm{g}}$$の1.7倍ぐらい発揮している.もし,たとえばこの運動を10回繰り返せば,その10回分の面積を総トレーニング量とすることができる.10回繰り返すうちに,この波形の変化していく様子も重要な指標になるだろう.また,積分区間をどのように設定するかは,議論の余地がある.
図8は15kgのバーベルの場合は10kgと比べ,挙上する時間も多く要し,トレーニング量も多い様子がわかる.また,このような力積が,トレーニング量をより詳細に反映していることもわかるだろう.残念ながら関節負荷(トルク)や角力積まで計算をしていない.またどこかで示していきたい.
ただし,同じ力積や力積のモーメントを与えるようなトレーニングを行ったとしても,生理的に同じ反応をするとはかぎらない.疲労にも依存するだろう.総量の力積のモーメントは同じでも,刺激(力や速度)の違いによる応答の違いを調べる価値はあるので,ぜひ読者で興味のある方はこのような物理量で検討していただければと思う.文献2)ではローイング動作における負荷レベルの力積と生理学変化を調べているが,バーベル運動で力積や力積のモーメントで検討した研究例は今のところ見つけられていないが,もしご存知であれば教えていただけると幸いだ.
前述の表では,1RMに対する質量比と挙上回数の関係が示されているが,この回数でははなく,この際の負荷レベルのバーベルに作用する力の積分である力積でよいので比較すると面白いだろう.もちろん関節レベルで角力積を計算することができればより面白い.ご興味があるかたは検証してみてはいかがだろうか.
モーションセンサは,このような負荷レベルでの強度を計測することに適したセンサである.単に平均値だけでなく詳細な強度を波形で観測できるところに特徴がある.
おわりに
本稿の目的は,トレーニングや運動の強度や特性を記述するうえで,より厳密に力学的に議論を行うことで,またそれらの曖昧さを排除することで俯瞰し,どのようなことに留意すべきかを考えるきっかけとすることである.
残念ながら,トレーニング業界の用語は,曖昧かつ不正確,乱立気味である.ここでは,それらを少しでも適切な方向へ誘導したいという思いもある.
冒頭でも述べたが,トレーニング強度の定義は生理学的反応や適応とは独立に定めることができない.また競技特性とも無縁ではない.ここでは力と力積が,強度とトレーニング量を定める基本と考えているが,次章で述べる力学的特徴は競技特性を考慮した強度を考えていくうえで重要な指標となるだろう.
既存のトレーニング方法でもパワーを指標とし,生理学的な応答との対応から運動強度を記述する方法は多くある.本稿もRMやVBTの実用的な側面を否定したいわけではない.そのほうが簡便であり,長年利用されてきていて経験の蓄積があるだろう.しかし,トレーニング刺激としての物理的により適切で意味のある強度の表現は,負荷–ヒト間に作用する力で,さらに述べるならば関節に作用するトルクだろう.今後,そのデータを蓄積していけば,より緻密なトレーニングの計画が立てられる可能性があるが,実際に生理学的な適応で検討を行ったわけではないので検証も必要だ.
アスリートにとってより重いバーベルなどを挙上することは,そもそも競技力向上の目的ではないだろう.競技力向上に直結するとは限らない.そもそもバーベルやダンベルを挙上するトレーニングが競技特性に向いているのかという議論も必要だ.次章ではその競技特性を力学の側面から考え,トレーニングとの関連について述べていく予定だ.
補足
1)負荷
機械力学で負荷(load)は物理量ではなく,手先や足先など,身体外部の身体と相互作用する質量や弾性などの機械システム自体を指すことが多い.この定義に従えば,ここでバーベルは質量という負荷といえる.ゴム紐を引っ張る場合は,弾性が負荷に相当する.この定義はトレーニング理論における文脈における負荷とは異なる.曖昧だが,トレーニングにおける負荷はどちらかというと強度に近く用いられることが多いようだ.ここでもトレーニングにおける負荷は,身体外部の機械要素として捉え,バーベルやトレーニングマシンなどが負荷を構成することになる.
トレーニングの強度や総量との区別が曖昧なため,ここでもトレーニングの強度や総量などを示す用語としては用いない.
参考文献
1)Y. Kobayashi, K. Narazaki, R. Akagi, K. Nakagaki, N. Kawamori, K. Ohta,Calculation of Force and Power during Bench Throws Using a Smith Machine, Int J Sports Med, .2013 Sep;34(9):820-4 (https://doi.org/10.1055/s-0032-1329955)
2)J Hum Kinet, The Impulse of Force as an Effective Indicator of Exercise Capacity in Competitive Rowers and Canoeists, 2021, Vol.79, pp87–99. (https://doi.org/10.2478%2Fhukin-2021-0064)
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