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小匙の書室89 ─地ごく─

 これは、中毒の書物。
 人を見下し、深淵を覗く覚悟はありますか。


 〜はじまりに〜

 献鹿狸太朗 著
 地ごく

 まずはその表紙と惹句に目を惹かれ、ついで⬛︎に集る小蠅に少し肌が粟立ったのが書店での記録です。文芸デビュー作の『赤泥棒』もまた装幀が印象的でしたね。
 献鹿先生は『嘘をついたのは、はじめてだった』(講談社 編)で初読みし、単著を手に取るのは初です。
 人を見下すのことの中毒。その快感はさしずめ媚薬のように……。
 頁数も少なく、どこか油断した気持ちで作品世界へ足を踏み入れたわけですが──。

ぺらり

 ………………おおう

 なんと“素晴らしい”装幀をした地獄なのだろう。


 〜感想〜

 誰しも、綺麗事ばかりでは生きていけません。
 心の片隅には少なからず悪意が燻ってしまうものであるし、無意識に我慢しているだけであって、何か思いもよらないきっかけでそれが発露してしまうこともあるでしょう。
 収録された二篇には“そこ”へ至りたくないがために作り出した欺瞞による『毒』の浸潤があります。
 以下、各篇の感想です。

地ごく
 自分よりも底辺を見下すことで、安堵する久野。「あんな人にはなりたくない」という焦燥にも似た祈り。
 誰しも持ち得る感情であるかもしれないけれど、扱い方を誤れば非常に厄介だ。
 もしそこに「あの人よりマトモだ」という優越にも似た思いを加えてしまったら、取り返しが付かなくなるのかもしれない。なぜなら、向こうが何かに負けているからといって、自分がその人に勝てているわけではないのだから。
 「何のために生きているのかわからない」土井や、「弱さを病名でラベリングして保身する」加藤との交流によって、次第に、全身の外側を蝕んでいた毒が胸の内にまで浸ってくるような展開には息が詰まりそうになった。
 何かのハンデを持つ者と、空っぽなまま生きながらえてきた者。果たしてどちらが不幸だろうか?
 地ごく、というタイトルは秀逸です。もうこの三文字に、全てが収まっているといっても過言ではない。

天獄
 最初の数ページで、息苦しさを覚えるような不穏があった。『地ごくに比べてこちらは比較的大衆的であり、それが故に数多の共感と恐れを抱くことになるかもしれません。
 隣の家に住む全盲を患うバイオリニストの希桜と、これといって才能のない息子──太陽を持つ菜々子。
 太陽はちょっとだけ変わったところがあって、そのことが徐々に菜々子の感覚を歪ませていくのです。
 これを読めば、子を持つ責任という重たさが理解できるようになるかもしれません。
 子供がマトモになるためには、何が必要か。誰の責任か。息子からの愛情を感じないのは、私が原因か。
 そもそも親は、無条件に子供を愛せる存在なのだろか?
 一つの縁にしていた「変わっているのは才能の萌芽であるからだ」という欺瞞は毒であり、菜々子が迎えたまさしく『天獄』と形容するに相応しいラストは、目の前が真っ暗になるようでした。


 〜おわりに〜

 どうやら私はとんでもない短編を摂取してしまったようです。
 「自分の将来と無関係だ」とは決して言えない登場人物たちの内面が、心胆に錘を下げてくるのです。

 これぞ純文学の成せるパンチだ。

 ここまでお読みくださりありがとうございました📚

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