キューブ型のあの飴と、担任のサイトウ先生(仮)との思い出
皆さんはあの飴をご存じだろうか。
個包装の中にキューブ型の小さな飴が2つ入っている、おばあちゃんちのお茶請けのおぼんに入ってそうなアレだ。
調べたら「キュービィーロップ」という名前らしい。
まだ販売していることに驚いた。
そしてこの飴には、苦くて優しい思い出がある。
◇◇◇
小学生の頃の私は友人が少なかった。
遊んでくれる子はいるが「しらすどんが一番の友達!」と認識している子は多分一人もいなかったと思う。
なんとなく仲間に入れてもらっているような、誰にとっての”一番”にもなれないような、そんな存在だった。
そんな私が友人のひとりに声をかけられた。
「今日委員会あるんだけど、終わったら一緒に帰ろうよ」と。
嬉しかった。
いつも誰かと一緒に下校している時、どこか居た堪れないような、話題に入り切れていないような…そんなモヤっとした気持ちを抱えていたため、私とサシで一緒に下校しようと言ってくれる子がいるとは思わなかった。
もちろん、迷わずOKをした。
私は放課後に委員会がなかったため、トイレや図書館に行って少し時間を潰し、待ち合わせ場所の教室に戻った。
西日が差し込み始めた教室には誰も居なかった。
まだ委員会が終わっていないみたいだ。
もう暇つぶしにも飽きたので、自分の机の上によいしょと座りながら校庭を眺めていた。
しばらくすると教室のドアが開いて「まだ帰らないの?」と声をかけられた。
そこには担任の先生がいた。
確かサイトウ先生って名前だったと思う。
あまりに昔の話なのではっきり覚えていないけど、そんな感じの名前だった気がする。
50代くらいの女性の先生。髪がふわふわのショートで、笑顔が優しい穏やかな人。
「〇〇ちゃんと一緒に帰る約束してるので待ってるんです。委員会があるみたいで…」
「そうなんだ。随分時間かかってるね。待つのも大変でしょ。ほら、これあげるね。」
渡してくれたのはあの飴、キュービィーロップだった。
一人で待ちぼうけしている私を気遣って、サイトウ先生(仮)がくれたのだ。
「本当は学校でお菓子禁止だから、秘密ね。あんまり遅くならないようにね。」
そう言って先生は去っていった。
先生から貰った飴。
なんだか特別感があって嬉しくて、それを握りしめながら友人を待った。
待っているうちにどんどん西日が強くなって、教室がオレンジに染まっていく。
そして結局、友人は来なかった。
もう帰らないと。
もしかしたらまだ委員会が続いているのかもしれないけど、流石にこんなに遅くなるのはおかしい。
実はすぐに委員会が終わって、教室に私がいなかったから先に帰っちゃったのかな。
でもランドセルは席にそのまま置いていたし…
どうする?これ以上帰りが遅くなったらお母さんも心配するだろう。
結局私はオレンジ色の教室を後にして、急いでひとりで帰った。
帰る約束したの忘れちゃったのかな。
それとも、そもそも約束したこと自体が私の勘違いだった?
頭の中がぐるぐるして、帰り道の途中で泣いた。
悔しい。蔑ろにされた気がして悔しい。
うまく話題に入れなくて、クラスメイトと仲良くなりきれない自分が悔しい。
なんかもう全部悔しい。
ポケットに手を突っ込む。中には先生からもらったキュービィーロップがある。
個包装に二つ入った小さな飴。私はそれを一気に口に放り込んだ。
そうだ私は特別なんだ。学校ではお菓子禁止なのに、先生から直々にこの飴貰ったんだもん。きっと特別だ。
自分にそう言い聞かせながら飴を味わっているうちに少し気持ちが落ち着いて、家に着いてからもいつものように振る舞えた。
家族に心配をかけたくなかったのだ。
翌日、友達は何事もなかったかのように「おはよ〜」と声をかけてきた。
私は「昨日なんで来なかったの?」と聞けなかった。答えを聞くのがなんだか怖かったからだ。
そのかわり休み時間に先生のところに行って、飴のお礼を誰にも聞こえないようにこっそり伝えた。
先生はいつもの優しい笑顔で、にっこりと笑ってくれた。
◇◇◇
もうめちゃくちゃ昔の話なので、会話の内容なんかは曖昧だ。でも大体こんな感じだったと思う。
結局、その後は同じようなことは起きなかった。
友達が下校の約束を忘れていたのかもしれないし、私が勘違いしていたのかもしれないし、単なる嫌がらせだったのかもしれない。
それはもうどうでもいいことだ。
でも、先生には感謝している。
あの時、あの飴がなかったら涙が止まらなかったかもしれない。
「先生にとって自分は特別」なんて勝手に思い込むことで、立ち直ることができた。
サイトウ先生(仮)、ありがとうございました。
未だにコミュニケーション能力は低いままだけど、私は元気にやってます。
今度キュービィーロップを見かけたら買って、先生に思いを馳せようと思います。