【小説】ラヴァーズロック2世 #38「儀式」
儀式
幸福と背中合わせの不安というものを感じ始めていたブルーバードは、ジェーンを観察するようにジッと見つめることがますます多くなっていた。
結果的にかれは、彼女の気持ちを丁寧にくみ取ることができるようになった。
ジェーン自身も、そんなブルーバードの視線にまんざらでもない様子だった。
けれど、ある時からジェーンの様子があからさまにおかしくなってきた。
些細なことで怒りだしたり、唐突に顔を背けたかと思うと、急に泣きだしたりするようになったのだ。
ブルーバードは困惑し理由を尋ねるが、声の出ない彼女が答えるはずもなく、かれはただおろおろするばかり。
「なあ、ビス、目のみえないお前がうらやましいんだ……俺はもう、これ以上ジェーンの不機嫌な顔を見たくない……」ジェーンが嗚咽しながらどこかへ走り去ったあと、ブルーバードは愛犬にそう語りかけるのだった。
そうなると、毎週末のカントク邸訪問はますます欠かせないものとなってくる。フルーツたちと戯れる彼女の笑顔を見るためだったら、毎日でも訪ねたいとまで思う。
ジェーンがフルーツたちと遊んでいるすきを見て、カントクに相談したこともあったが「君に心を許している証拠さ」とカントクは笑うだけだった。
だが、彼女の情緒不安定がこれ以上進行したら、自分にはとても対処できないとブルーバードは思うようになっていた。
ある週末の夜のこと、カントクからもらったばかりの3人掛けソファで眠ると、珍しくジェーンは意思表示した。
夜中に彼女は泣いていた。いつもならば、どうして泣いているのかと声を掛けるのだが、その夜のブルーバードは疲れていた。気になってはいるものの何だか面倒で、眠りへ向かって意識も身体も重くなり始めていた。
やがて泣き声も消え、文字通りの荒れ地の夜。
巨大な月と無数の星たちが放つ水飴色の光が、建付けの悪いドアの隙間から射しこみ、暗闇からの浸食を一歩手前で踏みとどまらせていた。
外は夜の生き物たちの気配で満ちていた。捕食者からの一撃に思わず漏れる悲鳴。体液をすすり上げる音と、歓喜の唸り声が混ざった咀嚼音。
だが、それらはあまりにも遠すぎて、疲れ果てて眠るブルーバードの耳にはとどかない。ましてや、この夜の小動物がどんなに近くにいたとしても、冷たい頬を熱い涙で濡らしただけでは、かれに伝わるはずなどないに決まっているのだ。
本来は、か弱い被食者だった小動物。震えながらも覚悟を決めた足取りで、ブルーバードにたどり着く。
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