イブとアラミス
夜、仕事が終わって家までの道の途中で、キンモクセイの香りがする季節になった。
朝には気づかないのに、暗い道だとよくわかる。
秋分の日を過ぎるとほぼ毎年秋の気配が濃くなっていくなぁと感じる。
この時期に私は半袖で自転車に乗るのを楽しみにしている。
ひんやりを越してうすら寒いのが最高にいい。
ひたすら暑い日々を過ごしてきて、ヘロヘロのシオシオの身体に涼しさがやってきて、秋だと実感できるので。
そしてキンモクセイが香る夜、思い出が蘇る。
高校の同級生、T君はいつも会うとガムをくれた。
口に入れるといい匂いがする。
する、というか、充満する、そんな濃厚なガムだった。
イブという名前ということ、紙の箱がすごくおしゃれだということを知る。
私がいい匂いのガムだというと「キンモクセイの匂いだよ」と教えてくれた。
イブは大人っぽく、かっこよく、持っているのが自慢になるようなガムだと思った。
数あるガムの中からイブをみつけて選び、ただの同級生の私にも1枚くれるT君を尊敬した。
当時の私はおしゃれに目覚め、髪や服や靴に怒涛のごとく関心が生まれていた。
ショートだった髪を伸ばし始める。
憧れはサーファーカット。
長くて段々が入っていて頬の横あたりは外に巻くスタイル。
悩みはうまくまとまらないこと。
朝、電車の中でT君にしたのだ。
「いつも髪がはねていないけど、何かしてる?」
短髪の、男子の彼になぜその質問をしたのだろう…
「朝、洗う」
「え?起きてすぐ?」
「うん」
「乾かすの?乾かすよね?」
「うん」
と言った後、髪の中に指を入れ「今日はあんまり乾いてないや」とつぶやいた。
その瞬間、彼からいい匂いがした。
イブではない匂いだ。
「T、この匂いなに?」
何のことかと一瞬間があって、あぁって顔して
「アラミス」
と返ってきた。
男子の匂いだ…
男子からこの匂いがするのが妥当な世界だと納得する香りだった。
この会話から何年も時が過ぎている。
これまで道で知らない人にすれ違い、さまざまな香水を感じた。
アラミスの人はいつも今でもハッとする。
こんなに私をドキドキさせる香りはアラミス以外にはまだ、ない。
濃く、深く、エロく、秘密めいてる。
ユーミンの歌詞にある「すれ違う同じコロンに振り向いてしまうくせ」(コンパートメント)と同じ行動を何回したことか。
2020年を生きる人はドルチェ&ガッバーナなのかな。
Tはとても清潔でおしゃれな男子であったのだと当時も今も思っている。
現在はよき夫、よき父でたまに会うとおしゃれ度の高さも増してさらに素敵な人である。
教えてくれたイブもアラミスも私の中で輝いている。
イブは「香水の香り」という謳い文句だったようである。
私の中ではキンモクセイなんだ。
イブは今はもう売っていない。
韓国では売っているらしいが、味は少し違うみたいだ。
アラミスは今も私をクラクラ、モジモジ、ドキドキさせる大人の香りである。