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スタートアップ×労務の現在地

社労士の金山です。

2024年7月4日〜6日に開催されたIVS@京都で、
スタートアップ×労務の現在地:経営者・IPOプレイヤーは「労務」にどう向き合うべきか】
というテーマで登壇しました。働き方改革がスタートした2019年に社労士事務所を開業し一貫してスタートアップの労務支援を続けてきた私にとって、スタートアップのカンファレンスで労務のテーマを取り上げていただけるのは非常に嬉しい機会でした。

ご一緒したスピーカーは法律事務所ZeLoで人事労務部門(労務チーム)の統括責任者を勤めている弁護士の藤田豊大さん、モデレーターはグロービスキャピタルパートナーズ プリンシパルの磯田将太さんです。

社労士と弁護士は主として平時と有事が各々の守備範囲。一方で重なる部分もあり、連携が重要です。なお、磯田さんは会計士でもあり、三士業での貴重なセッションとなりました。

当セッションではスタートアップの労務特有の難しさ(後述)を整理した上で、前半は経営者向け、後半はIPO支援者向けに、課題と改善策に触れました。監査法人、証券会社、省庁、上場準備会社の方などにご参加いただき、セッション後の質疑応答やネットワーキングを通じて、エコシステム全体に貢献できるよう、いち社労士として活動領域をアップデートしたいと強く感じました。

完全オフレコのセッションのため、内容の公開は行いませんが、準備の過程で考えたこと、今後取り組んでいきたいことをまとめておきたいと思います。


スタートアップ×労務の現在地

全体感として、スタートアップと労務の変遷は下記のような流れを辿っているのではないかと思います。

「スタートアップは労基法の対象外」期なるものは、当然ながら明確に存在したわけではありません。しかし、特にサービスが市場に受け入れられ、売上が立って資金が安定するまでの期間(PMF(プロダクト・マーケット・フィット)前)は定時を守った働き方との相性が悪く、そのため、労基法の遵守が優先順位として劣後するという構造は、多かれ少なかれ暗黙の了解として存在していたように思います。(会社が存続しなければ、そもそも雇用自体が失われてしまう、という発想です)

そうした意識が徐々に変わってきたのが、2015年の電通事件、2019年の働き方改革です。社会の要請として過労死等を引き起こさないよう働き方を適切に管理していかなければならないこと、そして、労働力人口が減少する中で、働き手を増やす「柔軟な働き方」が求められることは、スタートアップにも同様に当てはまります。加えて、スタートアップの戦い方についても、マラソン型へと移行し、文化的にも変化が見られるという固有の事情もあるようです。この点は、Coral Capital西村さんの記事(2019年)が参考になります。

一方で、前述の通り、スタートアップの成長速度と労働基準法には一定のギャップがあります。そこで、スタートアップと向き合う労務の専門家としては、組織成長の概観、それを踏まえていつ何をしなければいけないというマッピングを行った上での助言が非常に重要だと感じています。(例えば、急成長する組織に訪れる危機を体系的に整理したグレイナーモデルは参考になります。労務マップもそうした発想から作成したものです。)

労働基準法を守ることは大前提として、事業及び組織の急激な変化を常に念頭に置いた労務体制整備、という視点を持つことが重要であり、これは通常の労務支援とは一味違う、スタートアップ労務の面白さだなと感じます。

これを、スタートアップの経営者が労務をどう捉えるべきか、という観点から整理したのが二階建て構造の図です。先ほどの年表では、下向きの矢印に一般論、上向きの矢印にスタートアップ特有の事情をプロットしていますが(一部例外あり)、これらがそれぞれ、一階の"「人を雇う」ことに付随する義務"、二階の"事業が急成長する中でのスタートアップ特有の難しさ"に対応します。

✔︎5点はすべての会社に適用される法規制を例示したものです。中でも特に解雇規制と労働時間の上限規制は、スタートアップとのギャップが大きいものとして挙げています。

社会の要請として、会社が労働基準法をはじめとする「人を雇う」ことに付随する義務を果たしていくことは今後ますます求められていくと考えられます。一方で、解雇規制や労働時間の上限規制など、スタートアップの成長モデルと労働関係法制にギャップがある中で、いかに向き合っていくべきか、というのが専門家としての腕の見せ所です。
(なおギャップについては2022年に経済同友会が提言を出しています。国もスタートアップ5ヵ年計画の実行の中で、今後法整備ないしはガイドラインによる明確化等の動きを起こしていくであろうと期待しています。)

グレイナーモデルと「ユニクロ」

京都への行きと帰りの新幹線の中で、『ユニクロ』を読みました。

ファーストリテイリングの急成長にグレイナーモデルを当てはめつつ読むと組織の成長過程のイメージが湧くなと思いながら読みました。例えば、第7章で、店舗数が増え、大企業病に陥っていることを察知し、社長中心主義と決別して店長中心主義へ方針を転換した時期について描かれています。これは、「自主の危機」を経ての「移譲による成長」に対応します。

(組織が順風満帆かつ一直線に成長することはあり得ないと知っておくことは、日々直面する課題に向き合う勇気をくれます。)

『ユニクロ』著者の杉本さんは、本書の中で繰り返し、"ユニクロの歩みは足し算と引き算の繰り返しである"と指摘しています。これはグレイナーモデルでいうところの「成長」と「危機」に対応しているのだろうと思います。第9章では2010年頃にユニクロが直面した労務問題(ブラック企業批判)や人権DDなどにも触れられており、社労士としても多角的に事象を理解しなければならないなという感想を持ちました。

なおグレイナーモデルについては、田口光さんの『スタートアップ企業の人事戦略』でもわかりやすく解説されています。藤田さんに紹介してもらい、繰り返し読みました。

『ユニクロ』と『スタートアップ企業の人事戦略』、非常にオススメです!

現在地からの展望

スタートアップ5ヵ年計画のさなか、スタートアップ×労務の重要性はますます高まっています。

スタートアップの労務支援、IPOの労務監査、M&Aの労務DD(&人事DD)など、社労士・弁護士・その他の専門家の方々と共に、スタートアップ×労務のプレイヤーを増やし、エコシステム全体の発展に寄与したいと考えています。

本noteを読んで、スタートアップ×労務に関心を持っていただいた社労士の方、他士業の方、スタートアップ経営者の方、スタートアップ支援者の方、是非一度お話しさせてください!ご連絡をお待ちしています。

📩:kanayama@sr-yorube.com

X:https://twitter.com/kanayama_sr

5F UNLOCK ZONEはエコシステムの限界を突破する空間として企画されました。関係者の皆様、ありがとうございました。


藤田さんが率いるZeLoの労務チームも、人員拡充しています!切磋琢磨しつつ、労務の世界からスタートアップを一緒に盛り上げていけると嬉しいです。



関連リンク

主に創業期の経営者に労務の概観を伝えるために作成したスタートアップの労務マップです。

はじめて「雇用」をする際は、本記事をぜひ参考にしてください。DLして使えるToDoリストも、かなり使い勝手が良いのではと自負しています。

私が未払賃金の箇所を担当させていただいた『IPOの労務監査 標準手順書』です。IPOに関わる方は是非ご一読ください。
取りまとめは社労士の野中健次先生です。

リクルートの人材マネジメントも勉強になりました。解雇のハードルが高い日本のスタートアップにおいては適切な離職率を設計し、求心力と遠心力を働かせる「定着と離職のマネジメント」が鍵を握るなと思いました。

私は水町ゼミの受講生です。水町勇一郎教授の整理する労働法にはストーリーがあって、この分野を勉強できてよかったな、といつも思います。(昨年のゼミでは皆勤賞をいただきました!)詳解労働法はかなり分厚い(1000頁超え)のですが、「労働法」の方はコンパクトで読みやすいのでおすすめです。

全国社会保険労務士会連合会イノベーションAIプロジェクトの委員をしています。働き方改革の背景にある少子高齢化やスタートアップと労働時間の上限規制への対応策の一つに、AIを活用した抜本的な生産性向上が必須だと思います。社労士の観点からもそういった動きに寄与していきたいです。


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