片頭痛持ちの思い出
久しぶりにひどい頭痛に襲われた。
朝からなんとなく頭が痛かったものの、よくあることなので「コーヒーでも飲めば落ち着くだろう」とあまり気にしていなかった。いつも通り在宅勤務の準備をして、インスタントコーヒーをマグカップ一杯だけ用意してパソコンに向かった。
しかし午後になると徐々に様子がおかしくなり、打ち合わせにも集中できなくなって、退勤間際にはほとんど何も考えられなくなっていた。
あまりにひどい頭痛は、吐き気を連れてくる。
このときも気持ち悪さに襲われて、トイレで少し戻してしまった。
そうしている間にも保育園のお迎えの時間が迫ってくる。フラつきながら、0歳の娘を迎えに外に出た。
帰りに薬局に寄って解熱鎮痛剤を購入し、授乳に差し支えないように娘が寝てから飲むことにした。しかし結局、入浴を済ませて寝かしつけを終えるころにはもう、痛みは和らいで、我慢できるレベルになっていた。
思えば私の人生は頭痛とともにあった。
物心ついたときから頭痛持ちで、幼いころはしばしばひどい発作に泣かされた。夜に悪化することが多く、あまりの痛みに泣きながら嘔吐していた覚えがある。泣き疲れたのか、あるいは痛みが少し楽になったのか、最後はいつも眠りに落ちて記憶は途切れた。
年齢が上がるにつれてひどい発作は少なくなっていった。「なんとなく頭が痛い」程度のものは今でも日常的にあるものの、今日ほどの痛みは数年ぶりのことだった。
何がきっかけになったのか、未だによくわからない。
寝不足や脱水などは疑わしいものの、成人してからはほとんど無関係だったように思う。
幼いころには、何度か香草系の香りがきっかけになった。そのせいか今でもシソやみょうが、セロリなどが苦手で食べられない。大人になって口にした赤ワインもなんだか怪しい感触がして、なるべく飲まないようにしている。
そういえば、私の母も頭痛持ちだった。
幼い私が頭痛に泣いていると、額に手を当ててくれた。しかしあまりの痛みにじっとしていられず、その手が外れてしまうことが多かった。
「片頭痛持ちの人には、天才が多いんだよ」
かける言葉に困った母はしばしばそんなことを言った。
天才と共通点があっても、そんな内容では喜ぶ気にもなれず、どう答えればいいのかわからなかった。
隣ですやすや寝ている娘を見ながら、母はどんな気持ちで私に声をかけていたのだろう、と思う。
片頭痛持ちは遺伝しやすいと母は知っていた。ごめんね、ともよく言っていた。
もし娘も頭痛持ちだったら。きっと私も、同じように娘に対して申し訳なく思って、ごめんねと謝ってしまうだろう。
それでも娘としての私は、母を恨めしく思ったことは一度もなかった。
同じ痛みに苦しんだ仲間という意識のほうが強いからかもしれない。
母も私に対して、同じような連帯感を持っていたのかもしれないな、とふと思った。
久しぶりの頭痛は、子どものころの遠い夜の気持ちを呼び起こして、またどこかへ去っていった。