vol.031 心の目
7月ごろから人を撮影する仕事が重なっていた。このご時世、人に会うのは気をつかい、親しい友人にもなかな会えない。そんな時期に仕事とはいえ対面で人に会う機会が重なったのは心配もあったけれど、素直に嬉しかった。
先日SNSのタイムラインに人類学者の山極壽一先生のインタビュー記事が流れてきたので気になり読んでみた。その中で、「共感を向ける相手をつくるには、視覚や聴覚ではなく、嗅覚や味覚、触覚をつかって信頼をかたちづくる必要があります」と話されていて、記事を読みながら深く頷いてしまった。
人を撮影するとき、少しの会話の中からお互いの存在を体感し確かめ合うようなところがある。それは直接同じ空間を共有しているからこそできること。パソコンのスクリーン越しに見たり聞いたりする行為とは異なり、多くの情報をそのままに受け止めることができ、共感も芽生えやすくなる。それはまさに山極先生がお話ししていたことに通じる。
SNSでお互いを知っているような気になることが多い昨今、実際に会った時に生まれる関係性には想像していたものとは違うリアリティが存在するときもある。それが残念なときもあれば、特別に素敵なときもある。
今回、八重山を走りまわり出会った人々とは短い時間にも関わらず、ホッとして心が穏やかになるような時間を過ごすことができた。1日に5箇所の撮影にまわった日は、体力的には大変だったけれど、行く先々で「会えて良かったな」と思える人々を撮影した。「コロナが落ち着いたら、一緒にランチに行きましょう」、「ジュースよかったらもらってね」、「いつでも遊びにいらっしゃい」、「育てたトマト、持っていってね」、などと心が軽くなるような優しい言葉をたくさんいただいた。私もこれから出会う人々に何らかの形で受け取った好意を返していきたいなと思っている。
不確かな状況がつづく今、確かなものを心の目でしっかりと見極め、必要なものだけをたぐり寄せながらゆっくりと前進していこう。
【水野暁子 プロフィール】
写真家。竹富島暮らし。千葉県で生まれ、東京の郊外で育ち、13歳の時にアメリカへ家族で渡米。School of Visual Arts (N.Y.) を卒業後フリーランスの写真家として活動をスタート。1999年に祖父の出身地沖縄を訪問。亜熱帯の自然とそこに暮らす人々に魅せられてその年の冬、ニューヨークから竹富島に移住。現在子育てをしながら撮影活動中。八重山のローカル誌「月刊やいま」にて島の人々を撮影したポートレートシリーズ「南のひと」を連載中。