vol.003 家族写真
獣医さんのAちゃんとは、月に1、2回会って、運動をしたり、公園を歩いたり、ランチをしたり、隣島へ遊びに行ったりする仲だ。毎日忙しそうにお仕事をこなす、猫が好きな、普段は無口で物静かな人。私とは暮らしている環境も仕事の内容も全然違うから、かえって一緒にいると落ち着くし気が楽になる。
そんな彼女は数年前から未熟児で生まれた子ヤギを引き取り、ヤギ子さんと名付け、知り合いの牛舎の一角を借りて育て始めた。毎朝、夕、ヤギ子さんのお世話をしに石垣島宮良集落にある眺めの良い小さな牛舎に通っている。
八重山では、町の中心地でもなければ、集落の端などでヤギ小屋や牛舎を見かけることは珍しくない。
縁がなければ、牛飼いでもない私が訪れることも無かったであろうこの牛舎に、初めて彼女に連れてきてもらった時、何て心地よい風がふく場所なのだろう! と感動したことを覚えている。遠くに見える山並みも青く広がる海も一望できる高台にあり、常に透きとおった良い気で満たされていて、訪れるたびに清々しい気分になれる。
牛舎内は、隅々まで綺麗に片付けられており、いつ行っても牛たちは気持ちよさそうにくつろいでいる。そんな場所でヤギ子さんはAちゃんに可愛がられながら伸び伸びと暮らしている。最近では、「お手」「おかわり」「おまわり」まで覚えてしまったスーパーヤギでもある。
箱入り娘のヤギ子さんも、友人Yさんの飼っているイケメンヤギのユキと一緒に過ごしているうちに、昨年赤ちゃんが生まれてお母さんになった。イケメンヤギのユキは、生まれてすぐに育児放棄をしてしまったお母さんヤギの元から、動物好きのYさんに引き取られて哺乳瓶でヤギ乳を飲ませてもらいながら育った。Yさんの子供達のあとを弟のようにピョンピョンと跳ねながらついてまわる姿は何とも愛くるしかった。
甘えん坊で飼い主にべったりだったヤギ子さんが果たして子育てが出来るのかと心配していたが、ヤギ子さんは立派なお母さんになっていた。あちこち走り飛び回る小さなコユキちゃんの後を、心配そうについてまわるヤギ子さんを見ていると「おつかれさま、偉いね、頑張ってるね」と同じ親同士はげましの言葉をかけたくなるくらいだった。そんな彼らを眺めながら、Aちゃんと私はのんびりとおしゃべりを楽しんだ。
お仕事で、家族写真の撮影を時折うけおう。けっこう自由な雰囲気の家族が多くて、いつもハチャメチャで面白いなと思いながら撮影させてもらっている。いろんな形の家族がある、どれが正解でどれが不正解かは分からない。私にも家族があるけれど、雑誌やCMの中の家族みたいにシュッとしていないし、キラキラもしていない。案外デタラメ、でも「このメンバーで家族やってて良かったな」とたまに思うこともあり、最近はそのぐらいで丁度いいと納得いくようになった。
もし私たちが、家族という観念にまつわる常識やしがらみから解放されたら、「はい、解散!」とか、「はい、再び集合!」とか、「はい、この家族に入りたい人、おいで!」みたいに、もっと柔軟で変化可能な形態になり、もしかしたら今よりも幸せな人が増えるのかもしれない。
ワチャワチャとじゃれまわるコユキちゃんを横目に、「ヤギ子さんと一緒に家族写真を撮ろうか?」とAちゃんに提案してみた。彼女はフフフと笑って嬉しそうに賛同してくれた。
得意げな表情のヤギ子さんと笑顔のAちゃんの間で、コユキちゃんは奇跡的にじっとしてくれた。
「はい、撮りますよ〜」 パシャリ!
【水野暁子 プロフィール】
写真家。竹富島暮らし。千葉県で生まれ、東京の郊外で育ち、13歳の時にアメリカへ家族で渡米。School of Visual Arts (N.Y.) を卒業後フリーランスの写真家として活動をスタート。1999年に祖父の出身地沖縄を訪問。亜熱帯の自然とそこに暮らす人々に魅せられてその年の冬、ニューヨークから竹富島に移住。現在子育てをしながら撮影活動中。八重山のローカル誌「月刊やいま」にて島の人々を撮影したポートレートシリーズ「南のひと」を連載中。