さだまさしに学生生活を捧げた結果、役員面接 で『関白宣言』を弾き語った話
こんにちは。
5月中旬。春から生活環境が変わった方もそうでない方も、連休で張りつめていた緊張がゆるみ、なんとなくやる気が起きない。「5月病」に頭を抱えている方も多くいるのではないでしょうか。
そんな時こそ、好きなものに没頭して気持ちを切り替えたり、仕事を始めた頃のフレッシュな気持ちを思い起こしてみてはいかがでしょうか。
さて、今回は2021年に入社した入社3年目社員が"さだまさし”に捧げた話をご紹介いたします。
20代の若手社員が語る"さだまさし"にハマったきっかけとは?
そして面接でギターを弾き語るというクレイジーなイカしたエピソードも。
ぜひ、お楽しみください。
こんな一節ではじまるさだまさしの『関白宣言』という曲をご存知でしょうか?この曲が発売されたのは1979年なので、今から44年前の曲になります。亭主関白を目指す男が結婚する女性に様々注文をつけながら不器用に愛を伝える曲で、かつてはオリコン1位もとったことがあるので知ってる人も多いのではないでしょうか。
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私は入社3年目の営業で、当社のサービスをどうしたらたくさんの人に使ってもらえるだろうかと日々奮闘しています。その中で責任を持ちながら自分で業務を進められる環境に充実感を持って過ごしています。なぜそんな私がさだまさしの『関白宣言』をご紹介しているかというと、この会社に入る前の役員面接でこの曲を弾き語ることになったからです。
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私は埼玉の片田舎の一般家庭に生まれまして、特筆すべきことはなく幼少期を過ごしました。中学に入ると同時に、モテたいというなんとも不純な動機でギターをはじめました。
幸い父親が若いころ音楽をやっていたということもあり、家にはYAMAHAのアコースティックギターがありました。まずはそれを借りて練習してみようということで、父親に「どうやって練習したらいい?」と尋ねました。
すると、父はまずは1曲弾いてみろとさだまさしの『案山子』を課題曲として出してきました。
なんでさだまさし?と思いましたが、ギターが弾けるようになりたかったのでとりあえず練習しました。すると、弾くたびに彼の楽曲の奥深さを発見してしまいました。クラシックのようなメロディに乗せられた日本語と、いたるところに仕掛けられた転調や変拍子の心地よさに、度肝を抜かれました。
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こんな風にしてさだまさしを弾いていくうちに一曲また一曲と魅力が見つかり、気づけばさだまさしのファンになっていました。
はじめてギターで弾いた曲が『案山子』だったということは、今思えばその後の人生に関わる大きな分岐点になっていたと思います。
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そんな中、大学進学の際に「さだまさし研究会」なる、さだまさし好きの学生が聖地巡礼やコピーバンドをやっているサークルを見つけ、そこに参加しました。私はその大学の所属ではなかったのですが、関東近郊の大学生ならOKというざっくりした基準で加入を受け付けてくれました。
「同年代のさだファンなんてほとんどいないだろう」と考えて入会したのですが、いざ活動に参加すると積極的に参加しているメンバーだけでも20~30名いました。そこで楽しく活動をしていき、大学3年の一年間は幹事長として活動しました。さだまさし研究会としてご本人に会う、地上波に出演するなんて経験もすることができました。
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大学3年も終盤が近づくと、就活という大きな壁が待ち受けていました。
これまでサークル活動しかやってきていなかったため、ほぼノープランで挑みました。
ただ、好きなことに携わる仕事がしたいとぼんやり思っていて、元々音楽番組が好きだったのでテレビ、それも昭和歌謡やフォークソングなど幅広い音楽ジャンルを扱っているスカパーJSATがいいかなと目星をつけました。
特にこれといったスキルやアピールポイントはありませんでしたが、選考では私がどれほどさだまさしや昭和の音楽が好きかということを余すことなく伝えることを心がけました。
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ありがたいことに選考をすすめてもらい、「役員面接」へと駒を進めることができました。役員面接では予め与えられている課題があり、それは「1分間の自己PR」でした。
面接の冒頭に1分間時間をもらって形式・内容自由で自分をアピールできる時間です。
そこで熱い想いを伝えるにはどうすればよいかを考え抜いた末、一つ思いつきました。
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「そうだ、さだまさしを弾き語ろう」
役員面接当日、ギターを背負って会場へと向かいました。受付で会った人事の人は驚きの顔を浮かべながら、「いや、形式自由とは言ったけど…」と少し困ったような言葉を漏らしつつ案内をしてくれました。面接前の説明が一通り終わると、私は人事に一言
「すいません、ギターのチューニングだけしてもいいですか?」と断りを入れ、ほかの候補者が見守る中一弦ずつチューニングをしました。あれほど恥ずかしいチューニングははじめてでした。
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そして役員面接本番、4名の役員を前に私は『関白宣言』の冒頭を1分間歌い自己アピールをしました。
人生で一番緊張した弾き語りと人生で一番長く感じた面接が終了しました。役員の方は世代ど真ん中だったようで、「関白宣言よかったです」と言ってもらいました。
夕方ごろに帰宅して緊張がほぐれたからか少しうとうとしていたところに、担当の人事から電話が来て「合格です。次は社長面接になります」と告げられたとき、「ああ、想いが伝わったんだ」とホッとしたことを今でも鮮明に覚えています。
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こうして今、その合格をいただいた会社で仕事をしているわけですが、所属部署である営業の傍ら、昭和歌謡に関連する仕事に携わることができています。
好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、人それぞれ好きなものを究めることで大きな力や喜びを得られると思います。私はそうした好きなものを究める力を応援できるようなサービスを提供し、たくさんの人に喜んでもらえる仕事をこのスカパーJSATでこれからも続けていきたいと切に感じます。
きっかけこそ「モテたい」でしたが、文章から、写真から、そして人生をかけた面接という場で引き語るという行動の全てから、さだまさしさんへの深い敬意が感じられます。好きを極めてご本人にお会いするなんて、オタク冥利に尽きますね(笑)
きっかけは何だって良い。
素晴らしい人や楽曲と出会いは意外なところで、あなたの人生を大きく変えるかもしれません。
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