奇岩シューズ【毎週ショートショートnote】
「俺、奇岩って嫌いなんっすよね」
「はあ」
「だって意味わかんなくないっすか。
岩って、なんでも不思議な形してると思うんっすよ」
「ふん」
「そんならなんだって奇岩じゃないっすか」
「へえ」
山頂への途中の休憩地。
登山客たちの中から、何故か話しかけられた僕は、絡まれてしまったと後悔していた。
この山の頂からはいわゆる「奇岩」が見えるらしい。そんな山をこれから登るのに、何を奇岩について文句言ってんだ、この人は、と僕は思う。まあ、ついさっきまでの道は急だったから、疲れてつい愚痴が出てるだけなのかもしれないが。
まあ、言ってることはわからんじゃない。岩って、『奇岩』と呼ばれないやつでも面白い。
質感も違うし、何故か模様があったりするし、穴が空いていたりするし、不思議な削れ方をしていたりする。普通の岩だって、面白い。
でもだからこそ『奇岩』と言われるやつは、大概もっと面白いのに。
僕はカラビナにひっかけたウォーターボトルから一口水を飲む。
「いい靴っすね」
僕の靴を見てその人が言った。
「ああ、アウトドア用に良いの買いました」
でも登山用ではない。
あくまでも変わった岩や崖や地層を見に出かける時用だ。
この靴で浜も歩くし、岩場も歩くし、船にも乗る。
「僕、先行きます」
そう言って僕はこの靴と山を登る。山頂はもうすぐだ。
頂きから奇岩を見たら、きっと、
「ほら奇岩って思ったより面白いっしょ」と、心の中であいつに吠えてやろう。
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