【どん底】適応障害の記録③
※キャプチャは実家の猫です。
適応障害でダラダラしている自分にそっくり★
セブから帰国してからまたニート生活を送っていると
毎朝くる絶望感。
散歩をしたり料理をしたり友人と会っても心が晴れない。
心がズーンとして耐えられない。ザワザワする。
適応障害って少し休めば良くなると思ってたよ…
悪化している気がしてならないよ…
もやもやが強いとそしてパートナーに当たり散らかして反省を繰り返日々。
自己嫌悪マン(女です)が爆発している。
当たり散らかさないように離れたく、別れたくなっている。
パートナーからは「俺が支えたこと忘れないでね」とか言われて
それにはイライラしたり…
こころに刺さった、ことば
そんな中、
好きなyoutuberのサニージャーニーのみずきさん(すい臓がん闘病中)の
お言葉が刺さった。
→「自分の人生を面倒くさがってはいけない」
「あーーー!私、自分の人生もういいやって投げ出していたな」と反省。
30歳まで楽しく生きたし、なんか理想通りの人生はもう難しそう、どうしたら理想の人生にできるかわからない!もういいや!って投げ出してました。
(まだどうしたらいいかはわかってないけど)
自分の人生を面倒に思わずに生きていきたい。
いや、本当はずっとベッドに横たわっていたい。
寝れないし朝も起きられない。
読んでみた、ほん
とにかく治さないと!という気持ちで、こんな本も読んでみた。
結論、これで心が軽くなった!適応障害・うつ完治(いえーい!)
とはならなかった。
・学んだことは
①楽しむという気持ちを失ったんだなということ。
良い子でありたいと思い優等生で育ち、常に進化していないと周囲の気を惹けないと心の奥で感じていた気がする。純粋にやってみたいことよりも、頭で考えたことを優先させたことが多かったなということ。
②病気を治そうとしていないこと
※読んでいて心に刺さった言葉は『』で記載します。
(家族が自分から離れていくと心配する母に…)
『そんなことで心を乱されているくせに、家を幸せな場所にしようという努力はしないのです。自分が、子供たちがいたがるような幸せな場所にしていないという事実には目を背けているのです』
自分も人生をあきらめて、もういいやって投げ出して、
人生を改善することを放棄して、適応障害というモラトリアムに住み着こうとしている気がしました。
転職もうまくいかない、結婚にも踏み切れない、前進しない自分の人生にモヤモヤしたけど、そこまで不幸ってわけでもないし、ここに住み着こうとしていました。
③適応障害を後ろ盾に他人を思いやる気持ちを失っている。
『うつ病者は課題を解決することにエネルギーが向かないで「つらい、つらい」と騒ぐことにエネルギーが向いてしまう。』
『うつ病になるような人は自分が他人からしてもらいたいのである』
『大切なことは人の役に立つことと、頼まれないことはしないこと』
この症状になって毎日「不安だ~」「辛い~」と言っている状態に甘えて人生の時間を大事にしていない感覚はあった。
親やパートナーに構って欲しくて仕方ないという気持ちが爆発。
メンタルクリニックの先生も特に話を聞いてくれるだけで何かしてくれるわけではないし…
周囲に「寂しい、不安だ、しんどい」と当たり散らかし、
誰かにこの病気を治してもらいたい!という完全な他責志向だなと。
この病気で仕事を休んだことで自分にも自信がなくなったし、
元気がない状態の自分に自信が持てなくて回りが離れていく不安が勝手に自分の中で膨らんでいるように思います。
そこで少しでも自分を否定されたり大事にされていない感じがすると敏感に反応してしまい、さらに不安が募るという悪のループを繰り返しているという感じ。
自分の病気を誰かのせいにして、つらいと騒ぎ、治してもらうことを願うだけではダメで、自身が治そうとすること。
他人の幸せを考えつつ、自分の力に頼って生きていくこと。
自責で生きなきゃね。
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