19世紀のチェロとピアノで奏でるメンデルスゾーンのソナタ第二番

1843年は数年後に急逝するメンデルスゾーンにとってはもはや晩年でした。

不定期に訪れる脳卒中の不安を隠しながらも(家族には引退して療養したい意向を表明していました)作曲家として教育者として指揮者として八面六臂の大活躍をしていたメンデルスゾーンのチェロソナタ第二番は作曲家円熟期の大傑作であり、おそらく室内楽としては彼の最高傑作。

メンデルスゾーンのソナタの躍動感は、のちのブラームスの名作チェロソナタ第二番の生命力のほとばしりを先取りしている音楽です。メンデルスゾーンの音楽が大好きだったブラームスはきっとこの曲を念頭に置いて自身の名作を書き上げたに違いないことでしょう(ブラームスの伝記のことは今度調べてみます。今は推測だけ)

曲は本格的な四楽章構成ですが、各楽章の調整の関係は三度、三度、四度とずれていて(ニ長調・ロ短調・ト長調・ニ長調)この色彩感覚にロマン派らしさを感じずにはいられません(基本形は五度の関係に各楽章が置かれるものです)。五度の関係にあるイ長調が出てこないことが古典形式からの逸脱です。

同時期に姉ファニー・ヘンゼルは大傑作『ピアノソナタト短調』を完成させていますが、ファニーの作品もフェリックスのソナタとよく似た調性的構成(ト短調・ロ短調・ニ長調・ト長調)を持っていて、明らかに姉弟は切磋琢磨してお互いの作品を書きあげていたに違いありません。

さて今回は、ある演奏者の楽器と個性的な演奏に惹かれてこの曲を選びました。

アルゼンチン出身のソル・ガベッタは、ジャクリーヌ・デュ・プレの再来だとも言われるほどに情熱的なチェロを奏でてくれます。わたしは大好きです。

渋い音色は彼女の使用するバロックチェロ(モダン仕様に仕立てた古いチェロ)のためで、ピアニストのベルトラン・シャマユは19世紀前半のメンデルスゾーン時代の古い型のピアノでメンデルスゾーンのソナタを録音。

動画では漆塗りの個性的なピアノ(1859年頃のドイツのブリュートナーピアノ)を見ることが出来て、ピアノの音も20世紀から先のクラシックピアノの世界を支配してしまうスタインウェイのキラキラした音とは異なる、古い時代の最良のピアノが持つ抑制された音色のピアノでガベッタの古風なチェロに合わせて素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれます。

わたしはロストロポーヴィチのような雄弁で輝かしいチェロの音色よりも、こんな渋めのチェロの音が好み。ピアノもスターピアニストが使用する、演奏会映えする外向的で派手なスタインウェイよりも、ベーゼンドルファーなどの内省的で暗い響きが好き。

だからソル・ガベッタ(1981年生まれ)とベルトラン・シャマユの録音をこうして見つけることが出来て素晴らしい幸運に恵まれたのだと嬉しく思っています。2023年7月の録画で、この演奏はソニーレーベルのCDとして昨年2024年1月に発売されています。

この録音ではむしろガベッタのチェロよりも古い時代のピアノの音があまりに興味深く、ピアノパートにばかり聴き耳を立ててしまったほどでしたが、ピアノとチェロが完璧に一つの生き物となったような稀有な名演ですね。チェロとピアノの音色がこれほど見事に溶け合った演奏も数少ない。

実はソル・ガベッタの録音をしっかりと聞くのは今回が初めてでしたが、改めて調べてみると、彼女の参加した室内楽録音をこれまで何度も聴いてきていたのでした。自分には楽しい新発見でした。これまで発売されたCDはどれもベストセラーになっていたそうですので、改めて聞いてみたいと思います。

室内楽は複数の演奏者が議論するのではなく語り合うべきもの。そうして音が溶け合うように一体化するのです。メンデルスゾーンは偉大な室内楽音楽の作曲家でした。

素敵な音楽の素敵な名演奏です。良い日曜日の午後をお過ごしください。

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